皇子の部屋の前にも、番をする兵が立っている。
事情を話すと彼は室内へ確認へ行き、そしてジスト達を通した。
部屋にはクロラとカナリーがいる。
「あぁっ、しっしょー!!
おひさっすー!!」
「うむ、カナリーよ。以前は世話になったな。君は元気そうで何よりだ」
「貴方がた・・・いらしていたのですね」
元気の塊のようなカナリーと相反して、疲れ切ったような痩躯の青年、第三皇子クロラは溜息を吐く。
「久しぶりだな、クロラよ。十数年ぶりになるだろうか。
結婚おめでとう、と言いたいところだが・・・」
「えぇ、わかりますよ。
ルベラの事を聞きにいらしたのでしょう?」
一行は顔を見合わせる。
「この惨劇が第一皇子のせいだと?!」
「それ以外に考えられません。
あの男にしては最近静かすぎると思っていたところです。
教皇や私が表に姿を現す日を虎視眈々と待ちわびていたのでしょう」
クロラはまた溜息を吐く。
「ちょっとクロラ兄さん~。危機感なさすぎじゃないっすか~?!
仮にも殺されそうになったんすよ?!」
「慣れというのは恐ろしい・・・。
暗殺未遂が多すぎて、“あぁまたか”と思ってしまいます」
なんというか、とことん後ろ向きな皇子である。
「リシアから教皇が怪我をしたと聞いた。状態は?」
「怪我も怪我。重傷です。危篤です」
「なに?!」
仮にも父が死の淵に立っているというのに、クロラはそれにさえ関心がなさそうに見える。
「私が教皇になってしまうのも時間の問題です。ルベラも黙ってはいないでしょう。
そのうち追撃がくるはずです。私の息の根を止めるために」
「な、何を、縁起でもない・・・。
しかし黙ってはいられない。ルベラを止めるのだろう?」
「それが、聞いてくださいよ師匠~」
カナリーが割り込む。
「クロラ兄さん、この後絶対また攻撃されるのわかってるのに、“何もしない”っていうんすよ~?!」
「く、クロラよ・・・。さすがにそれは擁護できないぞ・・・!」
ジストは頭を抱える。
しかしクロラはあっけらかんとしていた。
「安心してください。いつものように“面倒くさい”とか“怠い”とか、そういう理由ではないです。
私1人の問題ならどうでもいいですが、私以外の大勢の安全が危ぶまれているのは困る。
・・・ルベラは我々兄弟の中でも特に野性的な男。瞬時に頭に血が上る、ケモノのような者です。
安直にやり返したらどうなるか、わかるでしょう?」
醜い撃ち合いが始まるだろう。
埒の開かない兄弟喧嘩で、民の犠牲が増えるかもしれない。
カナリーはハッとした。
「や、やば・・・。クロラ兄さんちゃんと考えてたんすね。すんませんっす」
「失礼な弟です。まったく・・・」
それで、とクロラはジストを見やる。
「どうルベラを止めるか、考えあぐねていたところですが・・・。
丁度いいです。ジスト殿、コーネル殿。貴方がたに1つお願いをしましょうか」
「私達にか?」
「取引といきましょう。
貴方がたには我々アルマツィアの勢力の代理としてルベラを止めに行っていただく。
それが果たされた暁には、アルマツィア側から何か褒美を与えます。
王都が壊滅したミストルテインに経済的援助を行う事も吝かではありません」
「・・・本気、というわけだな?」
ジストはクロラにジリジリと近づく。
「なぁ・・・クロラ・・・。
この取引とやらは実質引き受ける以外の選択肢がないだろう・・・」
「そうとも言えます。
なんせ貴方の姉の存在がありますからね。
交渉決裂となったら、つまりそういう事です」
なはは、とカナリーは苦笑いだ。
「クロラ兄さん、本気出すとえげつないっすからね・・・」
「よし、行こうじゃないか、コーネルよ!
向かう場所は、あの要塞でいいのか?」
「えぇ。ただしルベラ側の軍勢が数多く配置についているはずです。
念のため要塞の地図はお渡ししますが、どう切り抜けるかは貴方がたに託します。
場合によっては戦闘になるかもしれません。
それから、この契約は内密にお願いします。私の差し金だと向こうに知られたら意味がありませんので。
もしも道半ばで敗れた際は・・・表向きは何もしませんが、裏で私が冥福を祈っておきます」
彼の淡々とした言葉に覇気なく笑うしかない。
「・・・おいジスト、割に合わなくないか」
「なぁに、王都を建て直すための財が工面できるのならば安いものだ!
何かあればメノウが命懸けで守ってくれるさ」
後ろで聞いていたメノウが噴き出した。
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