賑やかな酒場。
その騒音が聞こえないほど、フェルドはぼんやりとしていた。
カウンターで静かに酒を口に運ぶ。
「・・・やっぱり、来ないよなぁ・・・」
「カノジョでも待ってんの?」
口に含んだビールを噴き出すかと思った。
フェルドが振り向くと、アンバーが立っていた。
「お前!」
「マスター、ビールちょうだい。キンキンに冷えたやつ」
「あいよっ!」
そう言うや否や、アンバーはフェルドの隣に座る。
「お前、どうしてここに・・・」
「だってあんたが呼んだんじゃん、俺の事」
へいお待ち、とマスターはジョッキを差し出してくる。
受け取ったアンバーはそれをぐいぐいと飲み干す。
「ぷっはー!
お酒久しぶり。やっぱサイコー」
「あ、あのなぁ、お前・・・」
「で、話って何さ」
焦げた手紙をチラつかせ、彼はフェルドに尋ねる。
――ジスト、やってくれたんだな。
「俺は・・・お前に謝っても謝り切れない事をしたんだ。
恨まれても仕方がない」
「俺はあんたの謝罪を聞きたいわけじゃない。
真実を聞きたいんだ」
マイペースに次の酒を選ぶ弟の姿に混乱する。
ごほん、と咳払いし、焦げた手紙をそっと広げる。
「実はな、お前からの手紙はお前が磔にされた日まで、俺は見た事がなかったんだ」
「どういう事?」
「そのままの意味だ。
お前からの手紙は全て・・・俺に“届いていなかった”。
何故なら・・・俺に届く前に、その手紙は同僚達の手でなかった事にされていたから」
「え・・・」
2杯目のジョッキが雫を垂らす。
「お前も重々承知だろう。うちは貧しい家だった。
貧民の俺が聖都で騎士になろうなんて、小馬鹿にされて当たり前だった。
それでも俺はめげずに腕を磨き続けた。
恨みを買ったんだよ。俺の知らないところで、お前から届いた手紙は勝手に手を出されていた。
ここにある封筒もその中の1つだ。お前が磔刑になった日の直前、俺はその真実を知った。
かき集められるだけ集めたが、恐らく全てではないだろう。
見つけられなかったお前の手紙も、まだたくさんあったはずだ」
「何、それ。
あんたイジメられてたって事?」
「いやまぁ・・・。うん、そうだな、言い換えればそういう事だ。
お前が母さんを救おうと傭兵になって、危険な仕事に手を染めようとしていたその時も、何も知らない俺は呑気に剣を振っていた。
俺からの仕送りも、お前達の元に届いていなかったようだな。
誰かが横からくすねていたのだろう・・・。
やり切れないさ」
フェルドは酒を呷る。
「あと一歩、俺が真実に辿り着くのが早ければ、お前を救えたはずだ。
ハメられた事を知った俺が聖都の広場に走った時、お前はもう事切れていた・・・はずだ。
絶望した。俺は俺自身の馬鹿さで大切な家族を亡くしてしまったと・・・。
それ以来、俺は騎士を辞めて傭兵だ。
お前が見ていた世界を見ようと、今もこうしてここにいる。
今頃同僚たちは嘲笑っているだろうが、もう俺には関係ない。
あんな腐った連中と馴れ合うくらいなら、真に俺の腕を必要とする者の為に戦いたいと願った」
アンバーは顔を背ける。
そして俯いた。
「・・・なあ、アンバー。ここからは俺が聞きたい。
お前は・・・“生きている”のか?」
しばらく沈黙が続く。
ただ静かに、本人の口が開くのをフェルドは待った。
「“死んでる”。
俺は死んでるよ。あんたが知ってる俺は死んだ。
今ここにいる俺は、ただの物体だよ。魔力で動く、ちょっと生々しい人形」
「なんだって・・・?」
「さっき俺の肩に触ってわかったでしょ。
俺はもう、あんたみたいに血の流れる生き物じゃない。
主を失くせばたちまち“物体”と化す、まぁ、言ってしまえばゾンビだよ。ゾンビ」
「どうして、そんな・・・――」
「別に俺がどうこうしたってわけじゃない。俺を必要とする、独りぼっちの悲しい女の子がいたから。
孤独は辛い。俺にはよくわかる。
今の俺は、その女の子を守ろうと体を張る“騎士”だよ」
ふ、とアンバーは微笑む。
「つまるところ第二の人生?みたいな?
楽しいよ。仲間達とワイワイ、世界を旅するんだ。
俺が本当にしたかった事、それを今、出来てる。
ま、あんたはあんたの人生を好きに生きるといいよ。
もうあんたがずっと悩んでいた後悔も、今日限りでおサラバなんだから」
「アンバー、お前・・・」
「乾杯でもしとく?」
フェルドは目頭を押さえる。
「なんだよ~、トシなの? トシで涙腺ユルユルなわけ?
早くカワイイ女の子見つけなよ。なんなら紹介してあげようか?」
「お前は昔っから調子がいいんだからな・・・」
お互いのジョッキが触れ、カキン、と音を鳴らす。
「なぁ、アンバー。この先お前が困った時、誰かを頼りたくなった時。
・・・その相手として俺を思い出してくれ。
俺は・・・お前がゾンビでもなんでも、これからは喜んで協力する」
「そう。そりゃどうも。
それじゃあ目先の協力として・・・今晩の酒代はヨロシク!」
「・・・お前なぁ・・・」
フェルドは気が抜けたように笑みを漏らした。
-202-
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