「ちょっとぉ、クロラ兄さん?
本当に大丈夫なんすか?」
グラース家の第四皇子カナリーは、ぼんやりと虚空を見つめているだけの兄の背を叩く。
「婚姻の儀って、明日なんすよね?
前日なのにリシア姉さんと顔合わせもナシっすか?!」
「・・・彼女だって、見たくもない僕の顔なんか見せられても困るだけでしょう・・・」
「えぇ~?!
せっかく夫婦になるのに・・・」
「お前は何も知らないんだね・・・。
“政略結婚”に愛も浪漫も何もないんだよ・・・」
ただ通過していく儀礼なだけ。
そう、今の僕には彼女への好意も何もない。
「僕とリシア王女が結婚する事で、アルマツィアとカレイドヴルフは同盟国の枠を超える。親戚の間柄になる。
ラズワルド王は喜ぶ。父上も喜ぶ。はい、お終い。
リシア王女はどうか知らないけれど、僕にとってはどうでもいい事柄なんだ・・・」
「くぅ~!! これだから兄さんはぁ!!
なんかこう、もうちょっとないんすか!!
リシア姉さんを幸せにしてあげようとか!!なんかそういうやつ!!」
「さぁ・・・。
こんなところに嫁がされた時点で幸せなんかもう望めないのでは・・・?」
駄目だこりゃ、とカナリーは頭を抱えるしかない。
「・・・して、クロラは相変わらず部屋から出てこない、と」
アルマツィアを治め、事実上世界の均衡を保つ第一人者でもある教皇アルマス9世は、玉座に座ったままやれやれと首を振る。
教皇の前には跪くリシアがいる。
「すまないのぉ、リシアよ。
上の息子たちがもう少々出来がよければ、そなたの相手にもできたのじゃが・・・
1番目は血を好む野獣のような男、2番目は心神喪失状態じゃ。
4番目はまだまだ幼いし、そもそも正当な嫡子ではない。
残る3番目がクロラというわけじゃが・・・。
病がちで気弱な面を除けば、本来、頭の切れる良い器なのじゃ」
「身に余る光栄にございます」
心にもない言葉がすんなりと出てくるのは、王女として育ったが故の宿命か。
「さて、婚儀は明日に迫っておるが・・・
そういえばそなた、クロラとはまだ会った事がなかったな。明日が初対面か。
なぁに、心配するな。儂に似て色男じゃぞ」
茶目っ気たっぷりに教皇は笑うが、リシアは愛想笑いをするだけで限界だ。
「若者たちの門出じゃ!
明日の儀式は王国中はおろかカレイドヴルフからも多くの観客が押し寄せることじゃろう。
さぁ、今日は早めに休み、明日に備えるのじゃ。
何かあれば城の者に言いつけるが良い。そなたを歓迎するよう言いつけておるからのう。
今後の事は“良きに計らえ”じゃ!」
ありがとうございます、とリシアは頭を下げ、教皇の間を後にする。
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