コンコン、と扉を叩く音。

「失礼する。クレイズ、起きているか?」

ジストだ。

「おや・・・。
王女君が何用かな」

部屋には彼以外誰もいない。
くっつくように彼の傍で看病していたカイヤも、ようやく安堵したのか外出しているようだ。
ジストは廊下に誰もいない事を確認すると、慎重に扉を閉めた。

「聞きたい事があるのだ。
クレイズに・・・――いや、“オズ”に、だ」

クレイズは横たわったままだが、ふ、と口元を緩める。

「あぁ、大体察しがついたよ。
“並行人格”について聞きたいんだろう?」

「ヘイコウジンカク、というのか?
君の・・・“君達”の正体は」

「その名は仮だ。便宜的に僕達がそう呼んでいるだけの話。
・・・すまないが、このままでいいかい?
まだ起き上がるほど回復していなくてね」

「あぁ、構わない」

彼から長い溜息が漏れる。

「そう、クレイズは借りた名だ。
僕の本当の名前は“オズ”。レムは“リアン”だ。
僕達はこの世界の隣にある世界から来た」

――途方もない、夢のような話。

「世界というものは無数に存在する。無数、無限に。
本来それらは“並行”して歴史を刻んでいる。それが“世界”というものを作った神が本来望む姿。
しかしその神が造り出したヒトというものは、何がどうしてか、その理という範疇を超越してしまった。
僕達は“世界を移動する力”を手に入れてしまったんだよ」

それは人類にとっては革新的な、そして神にとっては屈辱的な力。

「並行する世界には、“もう1人の自分”がいる。
例えば、この世界ではクレイズと呼ばれている人物は、隣の世界ではオズと呼ばれている。
・・・並行人格っていうのは、つまり、“異なる歴史の上で生まれた別の自分”というわけだ」

「・・・それは、その・・・。
見た目は同じ、と言えるのか?」

「あぁ、そうだ。
僕とクラインは似ていただろう?
今ここにいる僕は、クラインの兄でありカイヤ君の父親だったクレイズと瓜二つ、・・・というより同一と言える。
色彩や身形の繕い方には多少の誤差はあるかもしれないが、本質的な姿形はまったくといっていいほど同じなのさ」

ジストの脳裏には真っ先にアクロが浮かぶ。
彼はコーネルと恐ろしいほど似ている。似ている、というよりも“同じ”だ。
あれほど姿が似通った血縁はコーネル自身にも記憶がないという。
つまりアクロは、コーネルの“並行人格”なのだろう。

しかし、とクレイズは続ける。

「“世界”っていうのは、それはそれはよくできたモノであるみたいでね。
1つの世界に同一の存在が複数存在すると、世界が拒絶反応を起こすんだ。
世界はそのイレギュラーを排除しようと動く。
例えば僕とクレイズがこの世界で同時に生きていたとしたら、どちらかが“排除”される。
世界は重複を認めない。どう排除されるかは個体によるみたいだけれど・・・。
わかりやすく言えば、身体に変化が現れる。病気でもないのに身体がおかしくなるんだ。
やがて世界に“認められなかった”方の存在は、抹消されてしまう。
僕やリアンの場合はそうなる前にお互いの並行人格を殺してしまったから、“成り代わった”と見做されて、世界に存在を許可された」

「つ、つまり、本当の“レムリア・クルーク”という人物がいたというのか?!」

「いたよ。ダインスレフの医療機関の創始者はそもそも彼だ。
当初は化学の発展と多少の善意で出来上がった、何の変哲もない医療機関だった。
でもその善良な施設の所長を殺して乗っ取ったのはリアン。彼が歪めてしまった。
・・・まぁ、君の教育係は最初から最後までリアンだ。本物のレムリアは君を知らない」

誰かの犠牲の上で、あの有能な参謀を騙っていた“レムリア”が存在していた。
ジストは気が遠くなりそうになる。
――何も、知らなかった。知らなさすぎた。

「ねぇ、王女君。
もしも未来の技術が過去に持ち込まれたら、どうなると思う?」

唐突にクレイズは尋ねる。

「歴史が“歪む”・・・?」

「そうだ」

彼は遠くを見つめる。

「ゆくゆくはその歴史でも発明される技術かもしれない。
しかしイレギュラーな介入で本来の歴史よりも早くその技術が手に入ったらどうなるか。
“歴史が変わる”。その世界が辿るべき未来を変えてしまう。
リアンは“それ”をしてしまったんだ。
わかりやすい結果に、ダインスレフの街を歩いてみて気付いたはずだ」

黒の国、ダインスレフ。
ほんの十数年の間に異常なまでの速さで機械化を遂げた、近代的な国。
だがその代償に、ダインスレフは多くの自然を失くした。
瑞々しい草木も、澄んだ水も、晴れ渡った空さえも。
得体のしれない灰に覆われたかの地は、いつしか“死の国”とまで揶揄されてしまうようになった。

「僕達が生まれた世界は、わかりやすい例えで言うならば、この世界の5ヶ国がすべて黒の国になってしまったような感じだ。
世界から動植物が消えて人類だけが生きる不毛な大地。
想像してみて、どうだい?」

想像したくもない。
ジストは首を横に振る。

「僕達の世界は、近いうちに崩壊するだろう。
それを予期した研究者達は、“別の世界に移り住もう”と考えた。
その結果が今のこの世界だよ。
リアンが持ちこんだ技術で黒の国はものの十数年であの様。
この世界が僕達の世界のように滅びるのも時間の問題だ。
そしてリアンはまた世界を渡るんだろう。
世界を渡り、世界を壊し、また世界を渡る。永遠に終わらない逃避行だ。
さっき、並行人格の存在を確たるものにする方法を教えただろう?
・・・リアンは、世界規模で、“それ”をするつもりだ」

つまり、オズやリアンの世界にいる住人を全てこの世界に移住させるためには・・・――

「この世界の住人を・・・皆殺しにする、というのか?!」

クレイズは静かに頷く。



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