「・・・聞いたんだね。“僕達”の話を」
未だ起き上がる体力はないクレイズは、弱々しくもそう呟く。
学校から連れ去られ機関に幽閉されている間、一体どんな仕打ちを受けたのかはわからない。
ただ、カイヤが知る彼の中に、今ほど衰弱しきった姿の記憶はない。
「博士。あのレムリアって人、博士に一体何を求めていたんですか?
機関に連れて行かれたのにも理由があるはず」
「簡単な事さ・・・。
僕を手駒にして、使いたかっただけの事・・・。
昔からそうだった。ここまで強硬手段に出られたのは初めてだけど・・・」
いや、と彼は自分で首を振る。
「もしかしたら、あのミストルテインのいざこざが発端かも・・・。
いよいよ彼は本格的に動き出した・・・ってところかな・・・」
「何かよくない気配がプンプンしますね。
ただのヤンチャじゃ済まない予感です」
「そうだね・・・そうかも」
彼はか細く咳込む。
「ねえ、カイヤ君・・・。
“あの話”を聞いても、君は僕を見捨てないんだね・・・」
あの話。
カイヤを育てた彼本人が、カイヤの両親の仇だという真実。
「人を殺すなんて、並大抵の精神じゃ出来ないです。
きっと何か、深い事情でもあったんでしょう?
わかりますよそれくらい。ボクだって、見た目ほど子供じゃないんです」
「そう・・・。
僕が思うより、君はもうずっと大人なのかもしれないね・・・」
彼は、過去の記憶をゆっくりと辿る。
「“クレイズ”は機関に所属する研究者だったんだ・・・。
君の母親である“アリア”という女性もそう。
本物のクレイズは・・・本当、機械人形みたいに感情のない男だったな」
まるで昔の僕のよう、とも彼は付け足す。
「どういう訳か弟のクラインに心底恨まれていて・・・。
あぁ、クラインの実験の話は聞いたかな・・・。
人体実験に、実兄を巻き込んだらしいんだ」
ラリマーの話と合致する。
寒気がするようなクラインの冷淡な笑みを思い出し、身震いする。
「実験に使われた薬の副作用で、クレイズは精神がおかしくなって・・・
まだ生まれたばかりの君を抱いたアリアが襲われた。
僕はその場に割り込んで・・・クレイズを殺したんだ」
――その時から、僕は“クレイズ”に成り代わった。
「僕がアリアを助けた時、彼女はもう・・・生きているのが不思議なくらいの重傷で。
幼い君を彼女に託されて、そして僕は彼女を・・・楽にしてあげた。
それが顛末だよ・・・」
「それ、・・・それって、博士は」
絶望的な状況から、ボクを救ってくれた。
「信じて、なんて言えない・・・。
どうあがいても、僕は君の両親を殺した張本人だ。
君からの罰は・・・何だって受ける。
たとえそれが凄惨な死であっても・・・」
「バカな事言わないでください、博士」
アナタは、紛れもなく、たった1人の、ボクの親。
「ごめんね、カイヤ君・・・。
ごめん・・・」
「謝らないでください。ボクはアナタが・・・今までも、これからも、大好きですから」
「カイヤ、・・・」
投げ出されていた彼の手がカイヤの頬を撫でる。
「・・・そうだ。いい物をあげる・・・」
彼は懐を探り、何かを取り出した。
カイヤの手をとり、それを託す。
「これ・・・」
「アリアの形見なんだ・・・。
きっと、君が持っている方がいい。
困った時に助けてくれるかもしれない・・・」
美しい装飾が施された、金色の懐中時計。
この世界において時計は極めて希少なものであり、とりわけこの懐中時計ほどの精巧なものとあれば、王族ですら唸る代物かもしれない。
「こんな貴重な物・・・!」
「いいんだ。遅かれ早かれ君にあげようと思っていたものだから・・・」
「・・・ありがとうございます。大事にします」
クレイズは弱々しく微笑む。
コンコン、とノックする音がする。
カイヤが扉を開けると、久方ぶりの男が立っていた。
「よう、クーちゃん。
クハハッ、死にかけじゃねぇか!!」
――グレンだ。
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