カルセはぼんやりとソファに座っている。
何を考えるでもない、ただそこにいるだけ。
「カルセ、少しいいか」
やってきたのはジストだ。
まだ早朝だが、様子を伺うと彼女も眠れなかったようだ。
彼女は彼の隣に座った。
「機関での事を気にしているのか?」
「うーん・・・、まぁそんなところかな・・・」
曖昧にそう返事をすると、ジストはこちらの顔を覗き込んでくる。
「ジスト、怒ってる?」
「私が? 何をだ?」
「僕が・・・“君”だって話」
ジストは腕を組んで考え込むような仕草を見せる。
少し警戒していたカルセだが、やっぱりジストは自分を敵視などしないとすぐに察する。
「シェイド、と呼ばれていたようだが、それが君の本当の名前なのか?」
「わからない。僕にはその記憶がないから」
「ふふ。君へ授けた名前はあながち間違いではなかったのかもしれない」
ニコニコと嬉しそうに彼女は微笑んでいる。
今まで信じてきた自らの立場が消えたとは思えない、穏やかな表情だ。
「初めて君を見た時、私はどうにも懐かしいと感じたのだ。
その理由を思いついた。聞いてくれるか?」
「うん」
「君は、私の育ての父であるアメシスとよく似ている。
それに、若い頃の両親の肖像画が、まるで君を二分したかのようにそっくりだった事を思い出してな。
間違いない。君は正真正銘、アメシス王の息子なんだ」
「僕が・・・?」
「君こそが、アクイラ王家の正当な王位継承者なのだよ」
同時に、ジストの存在が宙に浮いた事を意味する。
「だがすまない。君の故郷であるミストルテインはもう・・・今は廃墟になっている、と思う。
ああ、でも大丈夫だ。王都以外の都市は無事なはずだ。立て直そうと思えばいくらでも・・・」
「僕にそんな力はないよ」
カルセは微かに微笑む。
「僕は何も覚えていない。
もしかしたら記憶を失くす前の僕は凄かったりして・・・とちょっと期待もしたけど、機関の人達は僕をそんな風に見てないみたいだった。
たぶん昔の僕も、今とそう変わらないんだ。
こんな僕が国を建てなおすなんて・・・できっこない」
そう言って彼は俯く。
「ジストは強いね。でも僕は無力だ。
消えてしまいたいほどに・・・」
「カルセ。悲しい事を言わないでくれ」
彼女の手が彼の手に重なる。
「そうだ。レムリアが言っていたな。アクイラ王家には代々召喚術の才能があると。
カルセ、もしや君にも、その偉大な力が受け継がれているのではないか?」
「・・・とは言っても、使い方なんてわからないよ」
「召喚術の賢者に弟子入り・・・なんてどうだ?
見間違えるほど強くなれるかもしれない!
クレイズに頼めば、あの根無し草な男と引き合わせてくれるかもしれない」
「ネナシグサ?」
「ああ、なんでもない。こっちの話だ。
まあ、何はともあれ、君はここで消えてしまう器ではない。私が保証する!
だから、私と共に来てくれないか?」
「・・・わかった。ジストは僕の恩人だから・・・いつかきっと役に立てるように頑張るね」
澄んだ青銀の瞳。
そういえば、今は亡きミストルテイン王妃がこんな瞳をしていたと聞いた記憶がある。
出来れば、国王が生きているうちに巡り合いたかった。
ジストは久しぶりに“両親”への想いを馳せる。
いつか王都に戻ったら、その時は、彼らの墓前で固い決意を示したいと彼女は願う。
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