「真実を垣間見たようだな」
ジストがベランダから夜景を眺めていると、上から声がした。
屋根の上にアクロがいる。
「やあ。しばらく見ないと思っていたが、君も白の国まで来ていたのだな」
「ああ。お前がここに来る事は、はるか昔から知っていたから」
身軽に下りてきたアクロは、ベランダの手すりに寄りかかる。
「吹っ切れた顔をしているな、お前」
「そうだな。すべて・・・とまではいかないが、私は私を受け入れる事にした」
「それでいい。いつもお前はその選択をする」
ふう、とアクロの溜息が白く色付く。
「アクロ、そろそろ話してくれないか。
君が私を知っている理由を」
「いいだろう。もう何度も繰り返している事だ」
もう一度、深い吐息が漏れる。
外気にそれが溶け込むと、アクロは口を開いた。
「お前は聞いたはずだ。“世界は1つではない”と」
「クラインという者が話していた。
君はそれを知っているのか」
「そうだ。何故なら、俺も“別の世界から来た”から」
ジストの赤紫の瞳が丸くなる。
「俺は何度も“歴史を繰り返している”。
この世界とは異なる世界の歴史を。
もういくつの世界を渡り歩いたか、覚えていない」
「何故君は、そんな事を・・・」
「聞きたいか?」
「教えてくれ」
アクロはこちらに目を向ける。
「お前を助けるためだ、ジスト」
「私を?」
「そうだ」
彼は自らの手を空へ翳す。
ジストが持つ指輪と同じものが星の光を反射する。
「俺が最初にいた世界。そこで俺は“お前”と巡り合った。
そう、ちょうどお前とコーネルが出会ったように、同じように。
俺が10歳になった日、誕生パーティーに父上が隣国の王子を招いたんだ。
数週間前に母上を亡くして傷心だった俺を励まそうと、“友人”として」
「そ、それは、まるでコーネルと同じ・・・」
「名前こそ違えど、俺はあのコーネルとほぼ同じ“18年間”を過ごしている。
幼い頃はピアノに明け暮れ、母を亡くし、傷付き、お前と出会い、お前と旅をする」
鍵盤に触れるように、彼の指が静かに動く。
「俺が生まれた世界のお前は死んだ。
あの時はそう・・・――戦争で死んだ。
俺はそれが許せなかったんだ。だから、友を救う決意をした。
例えそれが茨の道でも、無限回廊でも、構うもんかと思った」
彼は息を吐き、そっと目を閉じる。
「だが運命というものは残酷でな。
俺は邪悪な賢者に唆されて世界を渡る力を手に入れたわけだが、それが“俺”の始まりだ。
お前はどの世界の歴史でも“死ぬ”。
ある歴史では戦で討ち取られ、またある歴史では仲間に裏切られて殺される。病で死ぬ歴史もあった。
毒で死ぬ、落ちて死ぬ、引き裂かれて死ぬ・・・。
ありとあらゆる“お前の死”を見てきた」
彼の両手は彼の顔を覆う。
「どうしたってお前は死ぬんだ・・・。
例え俺がお前を守っても、見えない力に阻まれるように、お前は死んでしまう。
それでも俺は繰り返した。何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も!
でも諦めたくない。諦められない!!
だってお前は・・・俺の・・・たった1人の・・・」
ズルズルと彼はしゃがみ込む。
「アクロ・・・。君は・・・」
「愚かだと笑うか?
未練がましいと・・・軽蔑するか?
それでもいい。お前さえ生きていれば。
お前が生きる世界を見つけられさえすれば、俺は喜んで死んでやる。
そもそも俺は異端だ。俺の帰るべき世界はもうどこにもない。
受け入れられる世界も・・・どこにもないんだ・・・」
「・・・そうだったのか」
ジストもその場にしゃがむ。
「なあ、ジスト。無理を承知で1つ聞かせてくれ。
・・・もうどこへも行かず、ただ1人の人間として、静かに暮らしていくつもりはないか」
「ない。・・・この答えも、君は知っていたのだろう?」
アクロは黙って頷く。
「ならば、私がこの後どうするつもりなのかも、君はわかるのだろう」
彼は再び頷く。
「私は私が好きだ。仲間達も好きだ。ミストルテインも好きだ。
・・・レムリアが何かを企み、何かを成し得ようとするのならば、私が責任を持って彼を止める。
彼は私の仇だ。もう迷わない。だから私は彼を追う」
「あぁ、きっとそうだと思っていたよ・・・」
落胆とも言え、安堵とも言える。
どの歴史でもお前は変わらない。いつだって、その想いを貫く。
「お前がそう言うのなら、俺が何を言っても無駄だろう。
・・・だがこれだけは言っておく」
彼はゆらりと立ち上がる。
「俺はお前の命を最優先で考える。
それが例えお前の行く道に立ちはだかる事になるとしても、俺はそうする」
「待ってくれ、アクロ!
それならば、君も私と一緒に・・・」
「大切なものは1つでいい。
全てを守り抜けるほど、俺には力がない・・・――」
じゃあな、と彼は呟く。
瞬きの一瞬、彼はもうその場から姿を消していた。
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