外の空気を吸いに宿を出ると、ようやく今どこにいるかがわかった。
ここはアルマツィアの末端、クルトという街だ。
都心であるアルマツィアの西側に位置し、ダインスレフとの国境を守る副都市だ。
比較的大きな街であり、ブランディアやカレイドヴルフから輸入された商品を売る商人が多い。
時間はちょうどお昼頃といったところか。
何やらお祭りムードらしく、街中が飾り立てられている。
はて、子供達が待ち望む聖夜祭でも近かっただろうか・・・――
「グラース王家の婚約で賑わっているらしい」
後ろから聞こえた声。驚いて振り返る。
「コーネルか」
「背後がガラ空きだぞ。油断しすぎだろう」
「はは、悪かった。少し、気が滅入ってしまっていて・・・」
つかつかとコーネルは歩いていく。
「何をしている。早く来い」
「どこへ行くのだ?」
「どこでもない。街を見て歩くだけだ」
「ふふ。君らしくもない」
「しょげているお前は見るに堪えない。
このうんざりするような騒音でも聞いていれば気がまぎれるだろう」
彼なりに気を遣ってくれているのだろう。
ジストは頷いて、コーネルの隣に走っていく。
どこもかしこもお祭り仕様だ。
この日は珍しく雪雲の切れ間から太陽の光が差し、積もり積もった白い雪をキラキラ輝かせている。
「先程君はグラース王家の婚約と言ったな」
「あぁ」
「つまり、その・・・
リシアが、この国へ嫁いでくるのか」
「そういう事だ」
かねてより青の国のオリゾンテ家王女リシアと、白の国のグラース家第三皇子クロラが婚姻を結ぶ事は決まっていた。
自身の姉が嫁ぐ日が近い今、コーネルは何を思い、何を考えているのだろう。
彼の横顔は、妙に大人びて見えた。
「リシアから手紙が来たんだ。
もうすでにアルマツィア入りして、グラース家の宮殿にいるらしい」
「本当か?
では、リシアの晴れ姿をちょうど見られるのか!」
「大したものじゃない。あんな女、いくら飾ろうが逆に飾られて滑稽になるだけだ」
「そんな事はないさ。
女性の花嫁姿はさぞ美しいだろう。
それが、私が子供の頃から慕っていた姉のような存在のリシアなら、より一層な」
ふと、立ち止まる。
「私もいつか、そんな姿になるのだろうか」
「なんだ、突然」
「はは。それはないか。
もう私は、どこの誰ともわからない、ただの“ジスト”だ」
かつてレムリアから託された王家の指輪さえ、本物かどうかももはやわからない。
黒い手袋の下の人差し指を見つめるジストに気付いたコーネルは、周囲を見渡して露店に近寄る。
「おい店主、その安っぽい指輪を1つ寄越せ。いくらだ」
「おいおい、あんちゃんそりゃないぜ。
これでいいのかい? 100ゴールドだよ」
コーネルは銅貨を店主に渡すと、指輪を受け取る。
そのままジストにそれを差し出した。
「これは?」
「そんな曰くつきのロクでもない指輪、捨ててしまえ。
これでもつけてろ」
一見、銀色の可愛らしい指輪だ。小さな緑の宝石のようなものもついていて、よくできている。
とはいえ、露店で売っているような代物だ。大した価値もないだろう。
「あのクズ賢者が渡してきた指輪なんざ、どんな呪いがかかっているかわかったもんじゃない。
だがこのガラクタならその心配はないぞ。
指輪にも本物と偽物はあるが、別にどっちをつけようが誰も何も気にしない」
しばらくキョトンとしていたジストだが、やがて笑いを堪えきれなくなった。
「あっはっはっは!!それもそうだ!!」
「声が大きい。行くぞ」
「あぁ、おかしい。コーネル、君はいつからそんな冗談を言うようになったんだ?」
「さてな。俺にも傭兵の才があるのかもしれない」
その時ジストは確かに見た。
歩き出したコーネルが、口元に僅かな笑みを含ませているところを。
――ジストにしかわからない、彼の微かな変化だった。
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