意を決してジストが扉を押し開けると、広い大部屋が顔を出した。
周囲には研究机や山積みにされた分厚い本、奇妙な液体が泡立つ容器や見慣れない器材が雑多に置かれている。



「・・・レムリア」

ジストは静かにその名を口にする。
奥の長机の向こうで壁の絵画を見上げていた後ろ姿が、ゆっくりと振り返った。

「姫様。お久しぶりです」

あの柔和な微笑み、落ち着いた物腰、身にまとう気品。
紛れもない、何も変わらない、ジストが探していた姿が確かに、そこにある。
彼女は思わず息を飲み、そして詰まっていた息を深く吐き出す。

「・・・1つ、聞いてもいいか?」

「えぇ、どうぞ。なんなりと」

「“レムリア”は・・・すべて、偽りだったのか?」

クスクス、と彼は笑う。

「隠す必要も、もうございません。
・・・そうですよ、姫様。
私は“自分の為に”、理想たる貴女の臣下を演じていただけの事」

レムリアは少し屈んで、何かを引っ張り起こす。
ドンッ!と、華奢な腕に似つかわしくない力でそれを机に押し付ける。

「ぅ・・・」

「博士!!!」

カイヤが思わず叫ぶ。
レムリアが押さえつける手の下で、くぐもった声がか細く聞こえる。

「なんで・・・カイヤ、く・・・ここに・・・」

「博士を助けに来たに決まってるじゃないですか!!」

「ふふ。ちゃんと“子育て”したんだね、クレイ。
意外だよ。君にそんな人間味があったなんてね」

「ううぅっ・・・!」

レムリアの妖しい囁き。
どこか呪いめいた響きを含み、クレイズを苦しめている。

「レムリア。最後の良心で提案だ。
・・・すべてを洗いざらい告白し、私と共に来る気はないか?」

あはは、とレムリアは声を上げて笑った。

「しばらく見ないうちに王らしくなられたではありませんか。
ですが残念です。貴女は亡国の哀れな姫君。
貴女は生まれ落ちたその瞬間から、ただの操り人形でしかないのですよ」

「なに・・・?」

完璧に近い理想の参謀。
“レムリア”だったその存在は、妖艶とも言える不気味な微笑みを作る。

「私が何故ミストルテインを“選んだ”か。
アメシス王は慈悲深く、平和主義者であり、人々に愛される最高の王だった」

彼はどこか遠くを見つめるように目を細める。
しかしクレイズを押し付ける手元は揺らがない。

「都合がよかったのです。
言ってしまえば、平和ボケして何の脅威もない、ただの馬鹿共の国。
滑稽でしたよ。今まで私の忠誠を信じていたアメシス王の今際の顔は。
今でも思い出せば美酒が飲める」

「き、さま・・・!
父上の名を穢すな・・・!!」

怒りに震えるとはこういう事だと身を以て知る。
ジストは全身から込み上げる震えが止まらないのを感じた。

「姫様。貴女に1つ、伏せていたお話があるのです」

ふふ、と相変わらず彼は笑っている。

「ミストルテインの王家、アクイラの一族には代々受け継がれていた力があります。
それは“風の声を知る”能力。簡単に言うと、風の精霊と交信する力ですね。
緑の国は風の加護が強い地ですから、自ずと風を呼び風を従える力が発現する」

確かに、ジストは風の魔法を得意としている。
その技量はそこそこなもので、船1隻を沈めてしまう威力がある事はすでに知っている。

そんな思いを読み取ったが如く、レムリアは頷く。

「姫様に術の作法をお教えしたのは紛れもなく私です。教育係でしたから。
ですが姫様、貴女には1つ欠けている能力がある。
――風を“召喚する”力です」

「召喚術・・・という事か・・・?
確かに、私にはその才能が皆無だと、しかし父上はそれを気に病むなと子供の頃・・・」

「えぇ。アクイラ王家は代々、召喚術が使える才能が必ず遺伝するのです。
でも姫様にはその力がない。
こんな例外、ミストルテイン創立以来1度たりともないのです。
これが意味するところが、聡明な貴女には察しが付くはずだ」

「・・・まさか」

父アメシスの顔が脳裏に浮かぶ。
性別、才能、いつになく例外の多い嫡子だと、アメシスは笑っていた。
それでもジストを愛してくれた。
亡き妻の面影を垣間見るようだ、と喜んでいた事もあった。
それが、すべて、――・・・

「私は、・・・“ジスト”ではないのか?」

隣にいたコーネルが唖然とする。

「本当に、愚かな方々だ。
自分の子も見分けられぬ呆けた国王に、愚かにも偽りの愛情に応えようともがき続けた王女。
私が何度笑いを堪えてきたか、もはや数える事すら馬鹿馬鹿しい。
――そこにホンモノがいる、というのも、ずいぶんと楽しめる終演を用意してくれたものです」

ホンモノ?

一行は一斉に後ろを向く。
そこにはカルセが立っている。

「まさか、そんな・・・――」

「結局戻ってきたのですか、“シェイド”。
まあいいです。今ここで貴方を罰しようとはしません。
まだまだ、熟成させる余地がありそうですから」

「おい、待て、貴様。
この、何も覚えていない・・・こいつが、本物の“ジスト”だというのか・・・?」

「私の口から全てを明かすのでは捻りがないでしょう。
どうぞ、紐解いてみてください。そしていずれその答えを聞きましょう。これは“クイズ”です。
ねぇ、姫様。まさか本当にここまでいらっしゃるとは思いませんでしたが・・・私はここで貴女に止められるほどの愚か者ではないのですよ」

残った力を振り絞ってレムリアの手を押しのけたクレイズが、彼の首に手をかける。

「いい加減にしてくれ、レム・・・!!
君は、もう、これ以上ここで生きていてはいけない・・・!!」

しかし弱々しいその力は、軽く払いのけただけで無力に転じた。

「博士!!」

「クレイ、本当は君にも僕と同じ夢を見て欲しかった。でも駄目みたいだ。
・・・君はここで、死ぬ」

レムリアから強力な魔力を感じる。
ちょうど、ハイネと共にいたあの少女と同じような、禍々しい――・・・

「駄目、博士、駄目です、博士っ・・・!!」

パン!!

銃声が響く。



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