「エマイユ。これはどういう事でしょうかね」
「何故じゃ・・・?! 気配などどこにも・・・。レイクは・・・」
「あの者ならば、そこに」
青年はそっとその場から一歩離れる。
彼の背後に、血を流す男が横たわっていた。
エマイユは真っ青になる。
「レイクっ・・・!!」
「芝居が下手です。この私を騙そうというのならば、もう少々精進していただきたいところですね」
赤紫の長い髪を束ね、眼鏡の奥で紫と青の鋭い眼光を宿す無表情の彼。
その見た目といい、声音といい、どこか既視感がある。
「クレイズ・・・では、なさそうだな。
何者だ、君は」
「憎々しい名はご存じなのですね。
・・・私はクライン・レーゲン。
世に知れ渡る偉大な“賢者様”と血を分けた者ですよ」
ラリマーから聞いた名前だ。という事は、この男が件の副所長なのだろう。
彼が吐いた言葉は尊敬ではなく皮肉にも侮蔑にも聞こえる。
彼はこちらに背を向け、当てもなくその辺りをゆっくり歩き始めた。
「兄なら所長のところにいますよ。
私にとっては殺したいほどに憎い相手ですが、ただ殺しただけでは詰まらないのです。
彼にとっての仇である所長の部屋に放り込んでやりました。
さてどうなるか・・・。あの所長から無傷で逃げられるとは到底思いませんが、まぁ、虫の息くらいが妥当でしょうか」
「アナタはっ・・・博士の弟っ・・・?!」
「えぇ、そうですよ。“昔は”、ですが」
クラインは立ち止まり、振り返った。
「貴女が兄の子供ですか。
かれこれ14年ぶりくらいですかね。“カイヤ・レーゲン”」
一斉にカイヤに視線が注がれる。
「え、それって、ボク・・・」
「あぁ、失敬。血の繋がりはないのでしたっけ。
ですが貴女は私の姪。私とは血縁なのですよ。残念ながら」
「え、・・・え、どういう・・・?」
「何も聞かされていないのですね。
“クレイズ”がすべてを伏せて貴女を育てたという事ですか。
ではその良心を無駄なものにして差し上げましょう」
コツ、コツ、と彼はまた歩き出す。
「世界は1つではない、と言ったら誰でも絵空事だと笑うでしょう。
しかし現実はそれが真理。この世界は1つではない」
いきなり何を言い出すのか、一行は息を飲む。
「世界は無数にある。世界と世界は隣り合ってはいるが、未来永劫交わる事がない。
原初の神はそのつもりで世界を創った・・・が、人類がその理を超越してしまった。
その証拠が“リアン”と“オズ”です」
「それは・・・人の名か?」
「えぇ、そうです。貴女がたも重々承知の。
どうやら彼らは“レムリア”と“クレイズ”という名を騙っているようですが」
「あのクレイズと・・・レムが・・・?」
「前述したとおり、クレイズは私の兄です。実の、双子の、ね。
・・・しかし、今いるクレイズは他人です。
なんせ私の兄は殺されましたから。――“クレイズ”に」
ドサッ、と後ろで音がした。
振り返ると、カイヤが膝をついていた。
「それ、つまり、ボクの本当のお父さんは、博士が・・・――」
「貴女の父だけではありませんよ。貴女の母もです。
悍ましい男に育てられたものですね、我が愛しの姪」
カイヤを呼ぶその言葉には一切の愛はない。
クラインは呆けたカイヤを見て冷たく微笑んでいる。
「そんな男でも助けますか?
私は止めませんが」
クラインは静かに壁際に寄って道を開ける。
「姑息な真似を。背後から我々を殺す気だろう」
コーネルが剣を抜くが、クラインは軽く両手を挙げるだけ。
「私は丸腰ですよ。
それに、別に貴方がたがどこへ行って何をしようとも、私には関係がありません。
最も、貴方がたが所長に敵うとは、到底思えませんが・・・」
またも続く機械的な配置の長い廊下のつき当たりを、彼は指差す。
「所長がお待ちかねですよ。感動の再会をどうぞ、ご堪能ください」
歩いていく一行の後ろにいたカルセは立ち止まる。
「あなたは・・・どこかで」
「おやおや、籠の中の鳥は戻らないと思いましたが」
クラインは相変わらず食えない笑みを浮かべている。
「僕を、知っている?」
「さぁ、どうでしょう。
――所長の趣味はわかりませんね」
カルセも立ち去る。
横たわるレイクの前で立ち尽くすエマイユにそっと近づいたクラインは、彼女に囁いた。
「貴女は別案件です。
すぐにこの男と再会できますよ、ご安心ください」
「ひっ・・・!!」
水晶が転がる音が空しく響いた。
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