1人になりたい。
そう告げて夜風に当たりに来たジストは、宿の裏の壁に寄りかかる。
昼間に見た光景が衝撃すぎて、どうにかなりそうだった。
はぁ、とため息を吐いた時、向こうから足音がした。
仲間のうちの誰かがやってきたのだろう。腑抜けた顔に喝を入れて、ジストは音の方を見た。
しかしそこに立っていたのは意外な人物だった。
「アクロ・・・」
暗闇の中、彼はそこに立っていた。
闘技で負った傷を庇いつつ、ゆっくりとジストに歩み寄ってくる。
「傷は大丈夫か? 痛むだろう?」
「このくらい、何ともない」
近くまで来たアクロの顔は本当にコーネルそっくりだ。
その顔が痛みで引きつると、ぐらりと体勢が崩れる。
咄嗟にジストが支えると、彼は俯いて彼女の手を静かにどけた。
「俺に優しくするな。
・・・本当に、お前はずっと変わらない。どこで会っても、“ジスト”でなくても」
かねてより疑問に思っていた核心をついに、口にする。
「君は・・・私が君を知らない頃からずっと、私を知っていたのか?」
沈黙が流れる。
しかし真摯に答えを待つジストを裏切れないのか、アクロはようやく口を開く。
「あぁ、そうだ。俺はもう何度も・・・お前を追いかけた。
でも追いつけないんだ・・・。剣でもそうだった。俺はずっとお前に勝てなかった」
剣で勝てない。それはコーネルが未だ執拗にジストを敵対視する理由と同じ。
だがジストの過去に、アクロと剣を交えた記憶はない。
どういう事かと首を傾げていると、彼はどこか悲しげに笑った。
「俺を負かしたお前は、もういない。どこの世界にも。
だが俺は、呪われた力で何度も繰り返すんだ。お前との日々が戻らないと知りながら、それでも、お前に少しでも長く笑っていてほしくて」
彼は自らの左手を差し出す。
黒く長い袖から覗く彼の指に、指輪が嵌っている。
それを見つめているうちに、ジストはある事に気が付いて、自らの手袋を外す。
メノウに注意されて以来誰の目にも触れないようにしていた、あの指輪が顔を出した。
「どういう事だ・・・?
私の指輪と、同じ・・・」
「そうだな。これはお前の持つそれと同じだ。同じだが、ニセモノだ。
・・・もう俺の指輪には何の効力もない。いや、例え指輪に力があっても、俺ではそれを扱えない」
「君は確か、コーネルの宝剣カレイドヴルフとそっくりな剣も持っていたな?
一体何者なんだ?」
「さぁ。俺にももう、俺が誰なのかわからなくなってしまった。
一体何十回、何百回、お前の元へと渡り続けただろう・・・。
俺が今まで何をしていて、どうしてお前の前に現れたのか。いつかは説明しよう。
今は・・・無理だ」
長く話し過ぎた、と彼は呟く。
「ま、待ってくれ、アクロ!
君も、私と一緒に・・・――」
「俺は1人が性に合っている」
夜の闇に溶けるように、彼は立ち去ってしまった。
ジストも、そろそろ宿に戻ろうとその場から離れようとする。
何やら物騒な金属音がしたのは、その直後だった。
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