「ティルバ様。俺・・・」

「あぁ、さっきはすまなかったね。周りの空気を濁らせてしまった」

ティルバは城の屋上へとゼノイを連れて行き、手すりから身を乗り出して城下町を眺める。

「もうすぐ闘技大会だろう?
そう聞いたら、君の事を思い出してしまったのさ」

「・・・“隊長”、ではなく?」

「そうだな。彼もそうだったか」

くるりと振り返ったティルバは無邪気に微笑んでいる。
ちょうど彼女を後ろから照らす太陽のようだ。

「風の噂で、“ロート”がこの赤の国に帰ってきていると聞いた」

「隊長が?!」

珍しく声を上げたゼノイを見てきょとんとするが、ティルバはすぐ元の笑顔に戻る。

「明日から始まる闘技大会。
兄上はまた、勝ち抜いた1人を城に迎えたいと言っていた。
・・・ロートや、君と、同じように」

まるで蜘蛛の糸だ。その1本を掴もうと、誰もが自分以外を蹴散らし、這い上がろうとする。しかし、人数に耐えかねた糸はぷっつりと切れてしまう。
勝者1人だけが、生き地獄の奴隷世界から救われる。
ティルバの兄でありこの国の主であるヴィオル王は、醜く争い救いを求めるそれを余興として楽しんでいるのだ。

「まったく、兄上の趣味の悪さはいつまで経っても治らないよ。
しかし、あの大会でこの国の経済が大きく動くのもまた事実。
その裏には、救われず、闇の中に沈んでいく大勢の無念があるのもまた事実。
難しいな。どうしたら民すべてを救えるのだろう」

そう嘆く王女の横顔を、ゼノイはただじっと見つめていた。
それと同時に、この国を掌握する害悪であるヴィオル王に対して不快を覚える。

「・・・俺、やっぱりティルバ様の方が王に向いてると思う・・・」

口数の少ないゼノイがやっとの思いで口にした言葉はそれだった。
ティルバは嬉しそうに目を細める。

「いつかその時が来たら、きっと君を私の隣に置くと思うよ」

顔を背けた彼の頬が若干赤いのは、傾き始めてきた日差しのせいというには些か無理があった。

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