ハッと青い瞳が開く。
窓に目をやると、そろそろ夜明けの頃だ。
「水汲み・・・行かなきゃ」
ハイネは起き上がる。
まだ静かに寝息を立てている父親を見て安心したように微笑み、彼女はベッドから降りた。
玄関に置いてある天秤棒と水桶を手に、外へと出る。
村の朝は早い。働ける若い男は赤の国の首都であるブランディアに稼ぎへ出かけるためにいそいそと村から出ていく。そして、女子供は村の中央の大きな湖に水を汲みに行く。
乾いた土地、井戸を造る金もないこの村では、それぞれの生活の一日が湖での水汲みから始まるのだ。普段はビャクダンとマシューの家に居候しているハイネも、老体に代わって毎朝湖へ出かけていた。
もちろん、まだまだ幼い子供であるハイネが一度に運べる水の量は大したものではない。
運べる範囲で水を汲み、家と湖の間を何往復もする。今日はビャクダンの屋敷の分と自分の家の分が必要だから大仕事だ。
父親を叩き起こして水汲みさせれば楽なものだが、ハイネ自身は自分1人で出来る姿を見せたい思いの方が強かった。
湖に着くと、既に何人もの村人がせっせと桶に水を汲んでいた。
ハイネは誰かを見かける度に笑顔で挨拶をしていたが、同じように返してくれる人は何故か少なかった。
昔からそうだ。理由はよくわからない。嫌われている、というよりも腫れ物のように扱われている気分だ。
「大変だね。この村の日課かな?」
湖面を見ていたハイネが顔を上げると、旅装束の青年がニッコリと笑って立っていた。
ハイネは近くをキョロキョロと見回すが、自分以外には誰もいない。つまりこの青年は自分に話しかけてきたのだと察する。
茶髪の癖っ毛が特徴的な若い男で、砂漠の日除けなのかゴーグルをつけている。
メノウほどではないが、かなり長身だ。
どうしようかとうろたえていると、彼はしゃがんでハイネに目を合わせる。
「君はハイネっていう名前だそうだね」
頷くと、青年は明るく笑う。
「はは、怖がることはないよ。
お兄さんは悪い人じゃない。正義の味方だ」
「せ、セイギ・・・?」
「お兄さんは正義の為に戦うヒーローだ。
今日はね、いつかは世界を揺るがすきっかけになる“悪”を見物しにきたんだ」
ハイネにはこの青年の言葉の意味がよくわからない。
それでも目の前の彼は気さくそうに笑っているのだった。
「さて、用事も済んだし、お兄さんは帰るよ。
またね、ハイネちゃん」
青年は手を振って足早に村を出て行ってしまった。
呆然とその背を見送るが、ハイネは自分の仕事を思い出して慌てて水を汲み始める。
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