「連絡もせんで、フラッと帰ってきよって。
ハイネに手紙の1つでも寄越さんかい!この子不幸者めがっ!!」

開口一番、ビャクダンの怒声を浴びる。
ひぃ、と肩を撥ねたジストだが、当のメノウはまったく動じる様子がない。

「お爺さん、そない責めんといてや。
メノウはんかて、ハイネちゃんのために頑張ってはるんやさかい・・・」

「そうか、君は娘のために・・・」

彼は無言だった。

「で、そこにおる若造は誰や?」

ビャグダンの目がジストに向く。皺だらけの顔の中で、眼光は鋭い。
つい背筋を伸ばしたくなる。

「私はジストだ。
今、メノウと契約している。今日は他の仲間と共に、少しこの村に寄らせていただいた。
迷惑はかけないつもりだ」

「最近の若い奴はまぁ、年上に敬意を払わんで・・・」

ブツブツと小言が漏れる。

「堪忍したってや。貴族の出やねん」

「まぁ、やっぱり!
こない粗末なお茶しか出せんで・・・」

マシューは申し訳なさそうに手をついて頭を下げるが、ジストは慌てて大丈夫だと告げる。

「さて、顔も出したし・・・
ハイネ、家帰るで」

「こりゃ!
話はまだ・・・」

「うん!帰る!」

明るく笑みをこぼすハイネは意気揚々と立ち上がる。
その間も、父親の手は放さないでいた。
久しぶりに親と会えて、幼心には嬉しくてたまらないのだろう。
小さな娘に無理矢理引っ張られていくメノウの姿を見て、ジストは思わず微笑んだ。



「ジストはん、少しえぇどすか」

廊下でマシューに声をかけられ、ジストはきょとんと振り返る。

「見ての通り、メノウはんはあんな小さい娘っ子を抱えたお父ちゃんで。
・・・聞いておりますかな。あの人の嫁はんの話を」

先程口が滑って空気を凍らせたばかりだ。ジストは首を振る。

「8年前。ハイネちゃんが生まれたばっかりの時に流行り病で亡くなっておりまして。
メノウはん、男手1つでハイネちゃんを育ててきたんや。
それはもう、危険な仕事ばっかりしはって・・・大怪我して帰ってきた事もあるんですわ。
いくら娘っ子のためとはいえ、婆は心配でなりませんのや」

マシューは手を合わせて拝むようにする。

「お願いしますさかい。ジストはん、メノウはんが無茶せんように見張ったってや。
子供のために死ぬなんざ、そない悲しい話ありませんでっしゃろ?」

「あぁ、そうだな。
メノウなら任せたまえ!私がきっと、彼の苦労に報いてみせる!」

「おぉ、おぉ。えぇ人や、ジストはん。
傭兵の雇い主は人でなしばっかや聞きますが・・・よかった、よかった」

マシューは心底安心したように胸をなでおろす。

「ゆっくりしていってくださいな。できるだけ長く・・・。
ハイネちゃん、いつも寂しそうにしてますゆえ・・・」

好意に甘えて、とジストはメノウ達を追いかけた。

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