カイヤには何が起きているのかわからない。
ただ、目の前には、母や姉のように慕っていたローディが黒い拳銃を手に恍惚な笑みを浮かべている光景が広がっている。
その拳銃の銃口は、間違いなくクレイズに向いていた。
「カイヤちゃん、目を瞑って耳を塞いで。
今から一生モノのトラウマな事件が起きるから♪」
「ろ、ローディ先生?!
一体どういう・・・」
「カイヤ君は僕の後ろに隠れて」
無理矢理背後に追いやられる。クレイズ越しにローディが見える。
フフ、と彼女は笑った。
「ごめんなさいねぇ。ダーリンに急かされちゃって、もうやるしかないのよ~」
「だ、だーりん?
ローディ先生、何を言って・・・」
「フフッ。
・・・ねぇ、クレイズ。ダメ元で聞くわ。私と一緒に来て?
おとなしくついてくれば、貴方の大切なカイヤちゃんには何もしないわ」
「断る、と言ったら?」
「・・・そうねぇ。
きっとカイヤちゃんに恨まれるわよ。痛くて苦しくて、つらいつらい刑を受けるのだから♪」
カイヤは足が震えて動けない。
庇うように立つクレイズは、少しだけ笑みを覗かせた。
パンッ!!
銃声が響く。
カイヤの目の前で、クレイズが膝を落とす。
赤い血飛沫が床に散らばった。
「・・・成程ね・・・。逃がさないってわけ」
彼の左脚が赤く染まっている。
「は、博士!!
ね、ねぇ、どういう・・・」
パンッ!、とまた銃声が鳴る。
今度は彼の右腕が力を失った。
「クスッ・・・
これでまともに動けないでしょう?
素直になる気になった?」
「・・・全然?」
「強情な人・・・嫌いじゃないわ」
再び銃のトリガーに指をかけた時。
急にローディの腕が掴み上げられた。
「何をしているんです?姉さん」
アンリだ。
背後に立つアンリは冷え切った目をしている。
「放しなさい、アンリ。
私は仕事中なの」
「これのどこが仕事だってんですかねぇ・・・
見損ないましたよ」
「逆らうのなら弟でも容赦しないわよ?」
「どうぞご自由に。
・・・果たして貴女にそんな肝が据わっているのかどうか?」
ギリ、とローディの歯が覗く。
「アンリ君・・・駄目だ・・・
君は逃げて・・・」
「まったく、どんな恨みを買ったんですかぃ先輩」
「逃げて!!」
クレイズが叫ぶ。
ローディは素早く身を翻し、弟の手を払いのけて銃口を彼の胸に突き付ける。
「アンリ・・・。貴方、昔からそう。
どうしてわからないの? 何度“機関”の素晴らしさを説けばついてきてくれるのかしら」
「すみませんねぇ。
僕はしがない准教授で十分ですから」
傍に立てかけてあったガラクタの資材を手にしたアンリは躊躇いなくローディを叩きつける。
きゃあ!と悲鳴を上げて倒れた彼女から銃を取り上げた。
「カイヤさん、向こうの裏口から逃げて」
「む、無理です!!嫌です!!
このままじゃ博士もアンリ先生も・・・!!」
「じゃあ、
・・・貴女はここにいて、僕らを救えるんです?」
カイヤは涙をこらえきれずにポロポロと零す。
「やったわね・・・アンリ・・・。
貴方がそのつもりなら、もういいわ。
肉親のよしみで見逃してあげようと思っていたのに、残念ね・・・」
「行って、カイヤさん!!」
「逃がさないわッ!!!」
泣きながら駆けるカイヤの後ろ、銃声が轟いた。
「アンリ君!!」
クレイズが呼びかける声。
それでもカイヤは振り返らずに逃げ出した。
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