ジストが目を覚ますと、冷え切った床が頬に当たっていた。
ゆっくり起き上がるが、まだ手足が痺れてうまく動かない。

暗くて周囲がよくわからない。
何度か瞬きをして目を凝らすと、ようやく自分が牢の中である事に気が付いたのだった。

「ここは・・・」

「気付いたか・・・姫さん」

メノウの声がする。
そちらの方へ顔を向けると、隅で力なく壁にもたれる彼がいた。
痺れる体をなんとか動かして彼に近づいて、驚いた。

「メノウ?!
その傷は一体・・・?!」

彼は至る場所から血を流している。
見たところ何かに打たれたような痕だ。

「すまん・・・
痺れて動けへん間に、めっちゃやられたわ・・・」

「意識はあるのだな・・・よかった」

ジストは自分が身に着けていた胸元のリボンを外して噛み千切る。
細かくなったリボンを、メノウの傷に巻いた。

「えぇのに・・・」

「いいや、駄目だ。
大分血が流れたようだからな・・・こうでもしないと悪化してしまう」

ざっと応急処置が終わったところで、ジストは周囲をもう一度見回す。

「コーネルとサフィは別の場所・・・か?
アンバーはどこだ?」

「あぁ・・・あいつやねんけど・・・」

メノウはぼんやりと檻の向こうを見つめた。

「姫さんが気絶しとる間に・・・どっか連れてかれたな・・・」

彼には止める体力もなかったのだろう。
ただ見送るしかできなかった自分に呆れているようだ。

「どうしたものか。
・・・どうして、こうなったのか」

「こんな事なら“あいつ”に構ってへんでさっさと出た方がよかった・・・
すまん、姫さん」

かなり後悔しているのだろう。彼は頭を抱えている。

「いいや、君のせいではない。
君にそうするように勧めたのは私なのだから」

それでも、彼があの女性と再会して同じ時間を過ごした事をジストは何も気にしなかった。
こうなったものは仕方がない、とジストは立ち上がる。

「サフィには何か別の目的があって捕えたように見えた。
問題はコーネルだ。あれはどう見ても・・・」

「放っといたら殺されてまうわ・・・
なんとかせぇへんと・・・」

「メノウ。覚えているか?
以前青の国に現れたコーネル似の殺人鬼を」

「あぁ・・・」

もうわかりきった事だった。

「きっと、宮殿に押し入った暗殺者とやらはその男だ。
そして、よく似た風貌のコーネルを捕えた。
暗殺未遂の濡れ衣だ・・・このままではコーネルは処刑されてしまうだろう」

何者かの陰謀か。それとも都合よく利用されたのか。
今すぐにでも彼を助けに向かいたいところではあるが、この牢から出るのは骨が折れる。



鉄格子を握って思考を巡らせていたジストの耳に足音が入ってくる。
不気味なほどに静まり返ったこの地下空間だが、向こうから小さな光を携えて駆けてくる者がいた。

「ジスト師匠ぉ!!」

少年の声だ。
目の前までやってきた柳色の髪の彼は、手に持つランタンを顔の近くに持ってきた。

「お久しぶりっす!!カナリーっす!!
第四皇子っすよ!!覚えてます?!よく剣の稽古してくれたでしょ!!」

「カナリー?!
どうしてここに?!」

「どうもこうも!!
師匠が捕まったって聞いたもんで助けにきたんすよ!!」

ランタンを足元に置いて、カナリーと名乗る少年は急いで鍵束を取り出す。

「い、いいのか?!」

「いいんす、いいんす!!
クロラ兄さんがそうしろって言ったんだから!!
まあ、そう言わなくてもオレが助けるっすけどね!!」

「クロラが・・・?」

その名は昨日コーネルが呟いていたものだ。
教皇には4人の子がおり、カナリーは末の弟である。
鍵を開けながら彼は焦った風に説明する。

「今、コーネル兄さんがマジやばくて!!
今日の夕方に広場で処刑するって話!!」

「なんだと?!」

奇妙である。
いくら殺人未遂といえど、捕えた即日で処刑台送りとは不自然にもほどがあった。

ガチャ、と音を立てて牢の扉が開く。

「メノウ、立てるか?!」

ジストが手を差し伸べる。
なんとかその手を取り、彼も立ち上がった。

「すまない。少しだけ私の我が儘に付き合ってくれ・・・
君の力が必要なのだ、メノウ・・・!」

「・・・わかった」

彼は短くそう返すと、一変していつも通りの鋭い顔つきになる。
カナリーの後を追い、2人は脱出する。

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