「しっかりするんだ、サフィ!!」
「やめて、私を惑わせないで・・・
私は、私はこの力を、イオラ様に捧げ・・・――」
「なに?!イオラと言ったか、サフィ?!」
「彼女から離れたまえ」
コツコツと足音が響く。
現れたのは、アルマツィアの皇族――第二皇子イオラだ。
「見損なったぞ、イオラ!!
すべては貴様の企みかっ?!」
「そうとも言える。
私は彼女が欲しかったのだよ。ずっと昔から」
柔和な表情の中で光る彼の青緑の瞳は冷たい。
「どうしてサフィを・・・!」
「おやおや。緑の国の王子ともあろう者がそんな事も知らないのか。
サファイア・ルーチェ・・・彼女は古来より伝わる“聖女”の血を持つ末裔。
正の女神の化身ともいえる。私の伴侶に相応しいだろう?」
「ふざけるな!!」
幻と自我の狭間を彷徨うようなサフィを強く抱きしめてジストは剣を握る。
「こんな方法で手に入れようなど、貴様は外道だ!!
私は貴様を軽蔑する!!サフィは渡さない!!」
「ふ・・・。
だから私は嫌いなのだよ。そういう愚かな正義感がなッ!!!」
両手を広げたイオラが白い光を纏う。
それはたちまち冷気と化し、鋭利な刃が周囲に無数に現れてジストに向けられる。
「サファイアを渡せ。
さもなければ力ずくで奪うぞ」
「奪ってみろ!!」
ジストも剣の切っ先に螺旋状の風を呼び集める。
キーンと甲高い音を上げて球状となった風の塊は膨れ上がっていく。
「この私に剣を向けた事、後悔させてやろう」
ヒュンッ、と氷の棘が雨のように降り注ぐ。
それを振り払うように、ジストは風の塊を放った。
棘を吹き飛ばした先、間髪入れずに水の波動が高速で襲い掛かる。
サフィを抱えて戦うのはジストでも辛いものがあった。
避けきれず、咄嗟にサフィを庇ってジストが背で魔法を受ける。
「ぐっ・・・!」
「脆い。そんな未熟な力でこの私に勝てるとでも?
嬲り殺してやろう・・・。前々から気に食わなかったのだ。
貴様からはクロラと同じ匂いを感じる」
「ぐあっ!!」
立て続けに襲い掛かる氷と水の大魔法に成す術がない。
剣を吹き飛ばされ、ジストは床に叩きつけられる。
「サフィ・・・!!
思い出してくれ!!私は君の敵ではない!!
早く、早く、逃げるんだ・・・!!」
「わた、し、イオラ、さま、と・・・」
「サフィ!!!」
フッ、と時が止まった。
一瞬がとてつもない長さに感じた。
金色の光が横切った気がした。
早すぎる不意打ちに、イオラは唖然とした。
「貴様、な、ぜ・・・」
弧を描く矛先、そしてその回転の延長の先で、長槍の柄がイオラの胸を激しくついた。
「がはぁっ?!」
一直線に飛んだイオラは石の壁に叩きつけられて崩れ落ちる。
シュンッ、と残った勢いで空を切った槍の持ち主は、その風で金色の髪を揺らした。
「・・・アンバー・・・?!」
「ごめんねジスト。遅くなった」
彼は自分の意思で振り返った。
「どうして?!
操られていたのでは・・・」
「ジストさん」
小さく、それでもはっきりとした少女の声。
「ジストさんの声、聞こえました。
・・・私は、サフィ、です・・・!」
祈るように手を組んだサフィの周りに柔らかい風が吹く。
「私の・・・“私達”の力は・・・人を傷つけるためのものじゃない・・・!!
ごめんなさい、アンバーさん。私が・・・あなたの罪を背負います!!」
眩い光に目を開けていられなくなる。
真っ白な空間が塔を、広場を、波のように広がっていく。
「これが、・・・聖女の、光・・・」
イオラが手を翳すと、光がその身に降り注ぐ。
負った傷は溶けるように消え、やがて感情をも浄化していく。
もしも今際を表現するのなら、きっとこうだろう。
彼は静かに目を閉じた。
――それは痛烈なまでに彼が求めた力。
そんな記憶さえも、その強すぎる光がさらっていく――・・・
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