中央塔の中は不気味なほど静まり返っていた。
というのも、上へと至る螺旋階段の端に、塔を警備していたと思われる兵達の亡骸が無造作に転がっているせいだ。

「・・・すべて、アンバーがやったのだろうか」

否定の返事を縋るように求めるが、前を行くメノウは黙したままだ。



階段を上りきり、鉄の扉を開く。
するとそこには奇妙な仮面の貴族然とした男が机に腰かけていた。

「あぁ、来やがりましたねぇ。“ニセモノ”が」

足を組んで頬杖をついていたその男は立ち上がり、躊躇いなく細剣を引き抜いた。
ニセモノ、という言葉に目を丸くするジストを背に追いやり、メノウは大剣を手にする。

「何故だ?
私が男ではない事を知って・・・?」

「男?いやいや、そんなどうでもいい話は知らないですよ。
私がどういう意味で貴女にそう言ったか、はてさて姫君はご存じないようだ」

「姫さん、やめとき。惑わされたら面倒やぞ」

「ええい、今は何でもいいっ!!
サフィはどこだ!!返してもらうぞっ!!!」

その答えとばかりに、仮面の男は横に踏み出す。
彼の背後に、展望の窓を見つめるサフィの後ろ姿があった。

「サフィ!!」

ジストは再会を果たすように彼女の名を呼ぶ。
しかし、ゆっくりとした仕草で振り返ったサフィは、光を失くしたような暗い瞳に涙を浮かべていた。

「さ、ふぃ・・・?
私、は、サファイア・・・」

アンバーに贈られた名を理解できていないようだ。
今にも消え入りそうな彼女の姿だが、祈るように握りしめる自身の手は食い込んだ爪のせいで血に濡れていた。

「実に興味深い。死体を動かす穢れた未知の力・・・。
その力を以てすれば、死んでも死なない勢力が出来上がるだろう。
フフッ、この力さえ持ちかえれば、フッ、私もクライン様に・・・」

「クライン・・・」

メノウが呟く。

「どうした? 知り合いの名か?」

「・・・どーやったかなぁ・・・?」

ギロリ、と彼は仮面の男を睨む。
明らかに様子がおかしい。

「・・・なっ?!
その溢れる魔力は・・・!!」

ジストはすぐに異変を感じた。
周囲の空気が禍々しさを増していく。ジストは周辺を見回すが、その波の根源は自分の前に立つメノウだと気が付いて後ずさりする。
殺気ではない。殺気とは違う、何か、赤黒い感情を肌に感じた。

「なぁ、姫さん。サフィ抱えて逃げとき。
・・・悪いが、姫さん気にして戦える気がせぇへんわ・・・」

彼の口元が吊り上がる。
悍ましい表情を垣間見たジストは、圧倒的なオーラに腰を抜かしている仮面の男を余所にサフィの後ろ姿のもとへ走る。

「サフィ!!来るんだ!!
よくわからないが、巻き込まれる!!」

「嫌、放し・・・」

有無を言わさず、ジストはサフィの腕を掴んで走り出す。



ジスト達が部屋を飛び出したのを封切に、メノウは大剣を振りかざす。

「ひっ、ヒィッ?!
わ、私に何の恨みがあるというのだ?!」

「すまんなぁ。私怨ってやつか・・・。
“あんたら”のアタマにゃあ、ちいと昔世話になったんでなぁ・・・」

「こ、この力・・・
まっ、まさか貴様は、“半悪魔”・・・」

「死ねや」

「こ、この狂犬があああ―――――ッ!!!!」

断末魔のような悲鳴が赤い光の中に溶けていく――

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