カルル村に珍しい2人の来客があったのは、ジスト達が出発して間もなくの頃だった。
「あぁ、よくおいで下さいました」
イアスは客人を歓迎する。
その客人は、学者風の身形の青年と、その弟子に見える学生だ。
「遅くなってすみませんねぇ。
来る途中で船のトラブルがあったもので」
到着予定より遅れた事を言い訳しながら、青年は机に器材を並べ始める。
フラスコ、試験管、いくつかの書類と紙束、薬品のビンなど、いかにも専門家だ。
「それで、原因の特定は?
できていなくとも虱潰しに調べるだけですが」
「いちばん疑わしいのは井戸です。この教会の裏手にある井戸水を飲むと、例の症状が出るようで」
「ほう・・・。水とは、鋭い」
「偶然通りかかった旅の方達が見つけて下さったのですよ」
イアスはコップに入れた水を学者に差し出す。
それを受け取った彼は、相変わらず眉一つ動かさない無表情で水を眺める。
「アンリ先生、ボクも何か手伝えることは・・・」
「そうですねぇ。
・・・飲んでみます?これ」
「笑えないですよ、そんな冗談!!」
付き添いの学生は血相を変えて拒絶する。
迷いなく飲み干した勇者が寸分前までこの村にいた事を思い出し、イアスは苦笑いだ。
「その毒ってやつが“先輩”のいう“毒物”と同じなら・・・
こりゃあいよいよ笑い事じゃなくなってきますねぇ」
試験管に水を入れ、そこに薬品を注いでいく。
なんの薬品なのかさすがにイアスにはわからないが、経過を見守るばかりだ。
さらさらと入れられた白い粉が試験管に沈んでいく。
と、そう思ったのも束の間、粉が沈殿しきる前に透明だった水が真っ青な人工色に染まったのだった。
「こりゃあクロですな」
「アンリ先生、それ青いですよ」
「そういう横槍はいらんです」
状況を見つめていたイアスは混乱する。
「クロ、とはどういう意味で・・・?」
学者――アンリは、試験管をユラユラ揺らしながら顔を上げる。
「最近物騒な薬が裏で出回ってまして。
なんでも、“飲んだら死ぬか、おぞましい力を手に入れて覚醒するか”っていう博打みたいなシロモノだとか。
ま、飲んで覚醒とやらをした献体の話は聞いた事ありませんけどねぇ、僕は」
「そんなものがなぜこの村に・・・」
「推測するならば・・・
“数打ちゃ当たる”っていうやつじゃないですか。
たぶん、これから増えますよ。こういう事件が」
淡泊にそう言うアンリだが、イアスは蒼白になるしかない。
「治す方法は・・・?
薬とか・・・」
「ないですねぇ。
それこそ、そちらで調合した解熱剤が対症療法とでもいいますか。
幸い、ここの井戸の薬物はごく薄くされているようなので、常飲しなければ治りますよ」
しかし、あの井戸の水は村の生命線だ。
その源を断たれてしまっては、村そのものの存続が危ういという事になる。
イアスの脳裏に過った不安を察したのか、アンリは鞄の中からまた別のビンを取り出す。
「村ごと滅亡するか、一縷の望みに賭けるか。どちらがお好みで? 神父殿」
「望み・・・?
希望が、あるのですか?」
「妙な薬に対抗する薬を偉大なる三賢者様が実験中でしてねぇ。
どうです、試してみます?」
一見胡散臭くもあるが、アンリはカレイドヴルフ国立魔法学校でも屈指の学者の1人だ。
その後ろには三賢者の1人がいるというのも有名な話。
イアスは迷わなかった。
「お願いします。
・・・私は貴方がたを信じています」
「わかりました。
・・・カイヤさん、行きますよ。井戸のところへ。
井戸の中に“これ”を放り込みます」
「本当にいいんですか?
まだ実験段階なのに・・・」
「水がなければ村は終わりです。
私は、少しでも可能性がある事に賭けたいのです」
イアスの懇願に頷き、アンリとカイヤは席を立った。
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