ニヴィアンからほど近い街、ベディヴィア。
昨晩、近場で国の王子が殺人鬼に襲われたなど誰も知らない。密かに王子を保護した一行は、彼を休ませるためにもう一泊するはめになった。
その街は宿が多い宿泊街であり、宿の利用者をターゲットにした酒場や遊び場がそれなりに繁盛していた。
賭け事の勝ち負けで一喜一憂する人々が今宵も集い、賑やかに夜を過ごす。
しかしその夜はいつもと少し違った。世間一般でもその手の世界でも有名な人物が顔を出しているとなると、物珍しさに誘われてくる野次馬も多い。今晩はどのような話題を作ってくれるかと期待する人々が盛り場を覗く。
「だー!!このイカサマ野郎!!
見えてんだぞ」
「ちっ、バレたか!!やっぱ敵わねぇぜ、グレンにはよ!」
バラバラとトランプをテーブルに放り出し、客人の1人がコイン袋を目の前の男に投げつける。
「俺に勝とうなんざ100年早いんだよバーカ。
・・・頂いてくぜ、クハハッ!」
グイッとグラスの中身を飲み干し、グレンと呼ばれた男はユラリと立ち上がる。
両脇に携えていた酒盛りの女達が甘えた顔つきで彼に縋る。
「えー、もう行っちゃうの?
まだ早いじゃなあい」
「そうよぉ。それに、今日はあんまり飲んでないじゃあん」
「ちぃっと野暮用があんだよ。悪ィな。
・・・ほんの数刻待ってくれりゃ今夜可愛がってやるぜ?」
「きゃー!!待ってるぅ!!」
ジャラジャラとシルバーの装飾を鳴らし、グレンはつかつかと店を出て行った。
バタンと扉が閉まると、店内は宴の後のようにぞろぞろと人の輪を解していく。
「また負けちまった。大損だぜ」
「いい見世物だったけどな、ガハハ!」
大金をすってしまった割には、客は満足げだ。
なんせあの有名人と直接遊べたのだから、あれくらいのコインは出してもいい。そう思えたのだ。
店から出たグレンは、おもむろに煙草を取り出す。
もうすぐ深夜だ。星空に向かって白い煙を吐く。
煙草を咥えたまま店の前の階段を下りた彼は、その先に小さな人影がある事に気が付いた。
こちらに背を向ける影は帽子を被っている。
少々怪訝な顔をするが、あまり関わらないようにしようと彼はそのまま通り過ぎる。
しかしその後ろから小さな足音がした。
反射的に振り返ると、階段の前にいた者がグレンを追って数歩動いたようだった。
店からの明かりが逆光で顔がわからないが、華奢な少女のシルエットだ。
「なんだぁ?
親父かお袋か、酒場に入り浸ってるのか?
不憫なガキだな」
「ちがう」
ぽつ、と声がする。やはり小さな少女の声だ。
「おじさん、危ないから」
「お、おじ・・・?!」
呼ばれ慣れない言葉で呼びかけられてグレンは顔を引きつらせる。
このガキ、生意気な・・・――
「おじさん、死んじゃうかも」
「死ぬ?」
また唐突に何を言うのか。
ふう、と息を漏らしてから、グレンは少女に歩み寄り、視線を合わせるようにしゃがんだ。
「嬢ちゃん。あんまり他人に死ぬとか言わない方がいいぜ」
「だって本当」
黒い帽子を目深に被った少女。
目線を合わせてようやく気付いたが、その子は喪服姿だった。
あまりの不吉さに、グレンは寒気を感じる。
「ったく、随分とアグレッシブな嬢ちゃんだな。
ほら、これやるから家帰れ。冷えるぜ」
彼はそう言って1枚のコインを少女に差し出す。
金色に輝くそれを受け取り、少女は首を傾げた。
「じゃあな。“お兄さん”は忙しいんだ」
念を押すように自称すると、彼は立ち上がって背を向けた。
「待って。本当なの。信じて」
「こんな街中でどうやって死ぬっていうんだよ?
ま、強盗には気を付けるかな。クハハ!!」
彼は歩いていってしまった。
「本当、なのに・・・」
少女はコインを握りしめて遠ざかる男の背を見つめる。
「いいんじゃない。放っておけば。
もうやめたら?
誰もアンタの話、信じてくれないし」
少女を映す地面の影の中から別人の声がした・・・――
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