寝静まる宿の部屋。
壁際の隅で揺れるランプの弱い光が彼の手元を照らしていた。

「メノウさん、まだ起きてるの?」

明かりにつられるように、アンバーが彼に近づく。
もう深夜だ。窓から入り込む微かな夜風が、2人の髪を撫でる。

「夜更かしはよくないよー。夜間の警備は夜行性の俺に任せればいいのに」

「はっ。信用ならんな」

コト、と金色の弾丸がテーブルに置かれる。規律正しく並ぶ弾丸は彼の性格を表しているのだろうか。
銃の手入れをする彼の前にアンバーは座る。

「ねぇ、どうしてお姫様の護衛なんかしてるの?
らしくないじゃない。“赤豹”さん」

手が止まる。

「・・・お前、傭兵か」

「さぁ、どうだったかな。覚えてない。俺の脳ミソ腐ってるかも」

黄金色の髪に隠れた瞳は何を見ているのか、何を見てきたのか。
口元は興味深そうに笑っている。

「ある人がね、俺をこう表現した。“まるで狐だ”って。
俺はさ、馬鹿だから難しい事なんか考えた事ない。でも他の人にはズル賢いように見えるみたいだ」

「キツネ・・・?」

狐と称す何かを、昔聞いた事がある。メノウは引っ掛かりを覚えた。
気にしない風にアンバーは続ける。

「狐みたいに化かすとでも思われてたのかな。何を考えてるかわからない、ってよく言われたよ。でも実際は何も考えてないよ、俺。
あぁ違うか。何も考えなくなったのかも。一番“怖いモノ”を経験した後の今じゃ、何も怖くないからね」

「・・・お前、何者なんや」

静かに銃口が向けられる。それでもアンバーは人懐こそうに笑っている。

「引き金を引く? 別にいいよ。どうせすぐ元通りさ」

「目的を言え。これでも姫さん守らなアカンでの・・・」

「目的はないよ。ただサフィと一緒にいるだけさ。
・・・というか、サフィの目的が俺の目的だ。サフィが望むならその通り従う」

「じゃああの嬢ちゃんの目的は?」

「さぁ、なんだろう。聞いた事ないな。
でも安心しなよ。あの子、見た目通り清廉潔白な聖女様だからさ」

銃口が下がる。
はぁ、とアンバーは息をついた。

「物騒だなぁ。ちょっと吃驚しちゃったじゃん」

「死なないんやろ? ビビる意味なんざあらへんがな」

「死なないってわかってても、慣れないものだよ。やっぱりね」

おやすみ、とアンバーは席を立つ。
彼が立ちあがったその瞬間、黄金色の髪の間からどこか暗い瞳が覗いた気がした。

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