カイヤが向かったのは寮ではなく研究棟だ。彼女は養父のクレイズと共にそこで暮らしている。
いつも通り部屋の扉を開けると、日々悪化していく雑多な空間が彼女を迎え入れる。
積み上げられた本の山から顔を出すと、窓際に立つクレイズの後ろ姿が目に入った。
「博士、どうかしたんですか?」
彼はゆっくりと振り返る。
「やぁ、カイヤ君。おかえり」
娘以外には見せない笑みで迎えられる。
しかし、その穏やかな様子がいつもと違って不気味に見える。
「夕食の準備をしようか。今日は久しぶりに料理したい気分なんだ」
つかつかと彼は部屋の隅のキッチンへ歩いていく。
カイヤは彼の手料理が好きだが、普段怠惰な生活をしていて滅多に手を動かそうとしない義父の行動に違和感を覚える。
その違和感の正体を探ろうとキョロキョロ視線を動かすと、ゴミ箱の中に粉々の紙切れが捨てられているのに気が付いた。
クレイズがこちらを見ていない隙に、カイヤは断片となったその紙切れを1つ拾い上げる。途中で亀裂が入っており全貌はわからないが、どうやら人の名前のようだ。
他の数枚を拾い上げると、それぞれがパズルのピースのように組み合わさる。手紙だ。
手で破いたというよりも、鋏でバラバラに切り刻んだようだった。現に、テーブルの上に鋏がぞんざいに放置されている。
鋏を手にし、おもむろにチョキチョキと刃を交差させる。
その動作が“その時”の彼と重なり、カイヤは冷たい汗を感じる。
――自分が知らないところで、クレイズは何かを病的に拒絶している。
手紙の送り主が誰なのかはわからないが、カイヤは深淵を覗いた気分になった。
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