「なんでまた君達が来るのさ。ここは駆け込み寺とかじゃないんだよ?」

不満をたらたら述べつつも手早く医療品を手にするクレイズ。ジスト達は結局学校にやってきたのだった。
ジストが抱いた感触でも、少女はかなりの高熱を出しているようだ。

「すまない。診療所と言われても思いつく場所がなくてだな」

「病人は百歩譲って許すとしても、死体はないよ、死体は」

メノウが背負ってきた方の男だが、学校に着いた頃には冷たくなっていた。
もしかしたら深い傷でも負っていたのかもしれない。場所に悩んだ結果診察台の上に寝かせられ顔の上に布を被せられた先程の男は、もうすでに脈がないのであった。胸の上で組まれた手は冷え切って血色を失っている。

「それで、その麗しい乙女は一体どうしたのだろうか?」

「さぁね。風邪ではないみたい。
一応呼吸は安定してるから、薬が効いてきた頃に目覚めるんじゃないかな」

「そうか、よかった。
しかしあの男は・・・」

聴診器を外したクレイズは首を傾げる。

「目立った外傷はなし。解剖すれば死因がわかるだろうけど、どうする?」

「やめとき。
その許可を出せるのは、今はそこの嬢ちゃんだけやろ」

「つまんない。
それじゃあ、出来るだけ早く帰ってね。死体のお持ち帰りも忘れずに」

飄々とした態度でクレイズは奥に引っ込んでしまう。
仮にも人が死んだというのに全く動じないのは、彼の職業柄のせいだろうか。



日が昇り切る頃、ぼんやりと時間を潰していたジストの傍らでもぞもぞと何かが動いた。

「う、うぅん・・・」

「気が付いたのか?!」

慌ててジストが覗き込むと、少女は虚ろに目を開けた。瑠璃色の瞳がジストを映す。

「あれ、私・・・。
アンバーさんは・・・あなたは・・・?」

ゆっくりと起き上がる少女はゆらゆらと視線を漂わせる。
その僅かな仕草に揺れ、彼女が被っていたフードがめくれた。白銀の髪が覗く。

「な、なんと美しい・・・」

呆気にとられるジストを呆けて見つめていた少女は、途端に我に返り慌ててフードを被り直して深く顔を隠す。

「隠さなくてもよいではないか!!
私にその美しい髪を見せてはくれまいか?!」

目を輝かせる目の前の謎の者に手を握りしめられた少女は、ぽうっと頬を染める。
謎の者、もといジストは少女のその姿に更に興奮する。

「あ、あの、その、ここはどこですか・・・?!
私と一緒にいた人は・・・」

「そ、それが・・・」

急に弱り切った表情になったジストは、そっと診察台に目をやる。
先程と変わらず、その男はもう動かなかった。

「まぁ、大変」

なんと繕おうか考えていたジストを余所に、少女はよろよろと男の方へ歩み寄る。
胸元で組まれた手に自らの手を添えようとする少女を、ジストは言いようのない感情で恐る恐る見つめていた。
ところが、その冷え切った手に触れた少女はさも当たり前かのように全く動じないのだ。目を点にして少女を見るジストを気にもせず、少女は次に男の組んだ手をそっと脇に下ろして彼の胸に手を当てた。

「起きて下さい、アンバーさん・・・もう大丈夫ですから」

「あ、いやその、君。
その男は、もう・・・」

「うぅ~ん」

耳と目を疑った。ついでに記憶も疑った。
顔に被っていた布を摘まみ上げ、なんと死体であるはずの男が起き上がったのだ。

「あぁ、よく寝た。
おはようサフィ。もう大丈夫?」

「は、はい・・・!
助かったみたいですね、私達」

さすがのジストも言葉を失っていた。
そこで扉が開く音がする。

「姫さん、頼まれてたモン買ってきた・・・て」

しばらく沈黙。
診察台の上の男が気さくに手を上げると、あのメノウでさえ持っていた荷物を落としたのだった。





「この度は助けていただき・・・さらに驚かせてしまい・・・申し訳ありません・・・」

向かい合せで座る5人。
未だに状況を飲み込め切れていないジストとメノウの隣でクレイズが見た事もないほど興奮している。

「すごい、すごいよ、死体が動いてる!!
ね、すごいと思わないか君達?!なんて愉快なんだろう!!解剖したい!!」

「お、俺そういうの管轄外なんでッ!!
ちょ、博士さん止めてよ誰か!!」

「す、すみません・・・」

「俺の話は後、後!
助けてくれた恩人さん達だし、この人達になら名乗っても大丈夫だよね」

男に話を振られ、心底申し訳なさそうにしていた少女はぶるぶると首を振って姿勢を正した。

「私はサファイアといいます。
それで・・・この人は」

「はいはいっ!
俺はアンバーねっ。よろしく!!」

その男はようやくフードを外した。金髪の若い男だった。長い前髪で顔がよくわからないが、口元は人懐こそうに笑っている。

「ね、今気付いたよ。
そのグレてる人メノウさんでしょ?俺知ってるよ。有名な傭兵だって!」

「誰がグレとるかボケ」

「ふふふ。彼は今私の専属護衛なのだ。
あぁ、申し遅れた。私はジストという!」

「ジスト・・・って、ま、まさか王子様?!」

驚いて思わず口を手でそっと覆うサファイアを、ジストは愛らしそうに見つめる。
どうもこのサファイアという少女はどこか気品のある育ちのようだ。

「はいはい。体が戻ったなら帰った帰った。ここは子供達がたむろする場所じゃないんだからね」

集団を追い出そうとするクレイズにサファイアが近づき、深々と頭を下げる。

「ご迷惑をおかけいたしました・・・助けていただきありがとうございます」

「まぁせいぜいぶり返さないようにね。
って、無理か。治らないよね、ソレ」

えっ、とサファイアが頭を上げた時には、すでに彼は目の前から去っていた。


-38-


≪Back | Next≫


[Top]




Copyright (C) Hikaze All Rights Reserved