明け方近い森の中、その静寂を掻き乱す雑音が響く。
何かを抱えた黒い影が1つ、追ってくる影から逃れるように走り抜ける。



「チィ・・・どこ行きやがった」

逃げる影を追っていた影が足を止めて舌打ちをする。

「どうしやす、姉御。
ホシはまるでキツネでっせ」

「あァ? テメェ諦めてんじゃねぇぞオイ?
今がチャンスじゃねえか」

「おったぞ!!こっちじゃ!!」

「ヒャッハアアア!!!
ウェイトしてな、アタシのプリンセエエエス!!!!」

大剣で風を切り、その者は再び走り出た。
残りの2人も、先陣を切る1人を慌てて追いかける。





欠伸をしながら歩くジストは、まだ明けきらない早朝の空気を乱す音にふと立ち止まった。
隣を歩いていたメノウも何かの物音に気が付いたのか注意深く周囲に目をやる。

「野犬だろうか」

「野犬にしちゃあ遅いな」

ザザッ!!と脇の林から何かが飛び出す。
その時には、すでにメノウは剣を構えていた。そして、その切っ先に対する矛先もあった。

ジスト達の前に現れたそれは野犬や魔物ではない。人間だ。
真っ黒な外套で口元以外を覆い隠す長身の者。その左腕には真っ黒な荷物を抱え、右手には長槍を持っていた。
見た目からして明らかに不審者だが、息を切らせつつも矛先はぶれていない。素人ではないようだ。

「なんやお前。何か用か」

「お前達も俺達を狙っているのか?!」

若そうな男の声だ。すっかり息が上がっている様子からして、長々と走ってきたのかもしれない。
切羽詰ったような姿の彼に違和感を覚えたメノウは、静かに剣を下ろす。それどころか、腕を組んで煙を燻らせ始めた。
ところが黒づくめの彼はこちらの意向を余所に槍で空を切り裂いた。

「もういい、決着をつけてやる!!
来いよ、相手してやる!!」

「お、おいメノウ・・・」

「構へん構へん。言わせとき」

「来ないならこっちから行くぞ?!
死ねええ!!!」

キンッ!と矛先が弾かれた。
ジストが気紛れに振った刃でそのまま飛ばされた槍はくるくると回りながら地面に落ち、当の男の方はそのままよろめいて膝をついた。倒れそうになったが、腕に抱く何かを庇うように、自分の体を右手で支える。



しばしの無言状態の中、今にも倒れそうな男の荒い呼吸が聞こえる。肩の上下が鎮まってきた頃、男はゆっくりと頭を上げた。

「す、・・・すみませ・・・
ちょっと、追われてて、その、」

「なんや。あんさん、物盗りか何かか?
シメた方がえぇんやろか」

「ま、待ってくださ、ゲホッゲホッ!」

男は疲れ切ったような力ない手で抱えていたものを、目の前で膝を折るジストに託す。

「お、俺の事はいいんで・・・
その子、どっか、診療所かなんかに、連れて行って、あげてくれませんか・・・」

「これは・・・」

「荷物とかじゃないですから!人間ですからぁ!!」

ジストがおもむろに黒い衣をめくると、なんと少女の眠ったような顔が覗いたのだった。

「こ、この乙女は?!
き、貴様さては人攫い?!」

剣の柄を握ろうとしたジストに手を合わせる男はそのまま崩れ落ちた。

「細かい話は後で・・・
と、とにかく早くその子、を、連れ・・・」

「お、おい」

そのまま男は倒れてしまった。



とにかく尋常ではない事態だ。
顔を見合わせたジストとメノウはどちらからともなく来た道に目をやる。
少女をジストが抱え、倒れた男をメノウが背負い、2人は一旦引き返す事にした。


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