見上げるほど大きい王城の扉を開けると、大広間が視界に広がる。
藍色の絨毯に金の装飾が光り、静けさの中に確かな気品を漂わせる城内だ。
案内されるがまま大階段を上り、廊下を行く。
再び扉を開けば、玉座に座る人影がスッと立ち上がった。
「ジスト・・・!
ジストか!!」
慌ててジスト駆け寄る男。この者こそ青の国に君臨する国王ラズワルドだ。
ジストが明るく笑ってみせると、ラズワルドは感極まったように彼女を抱きしめた。
「おお、おお、よくぞ生きておった!!奇跡に違いない!!
我が友の忘れ形見よ・・・。無事で本当によかった」
「ご心配をおかけした。本当に申し訳ない。
緑の国の王アメシスの子、ジスト・・・ここに」
「あぁ、あぁ!実に大義であった・・・。
しかし、よくぞ無事であったな?」
「彼が私を守ってくれた」
ここぞとばかりにジストは振り返り、自身の護衛を紹介する。
ところが当の本人は、2人からかなり離れたところの柱の陰に寄りかかって顔を逸らしていた。
「あの彼が?」
「そうだ。
・・・まぁ、何というか、少々人見知りのようだ」
実際、彼がそこまで王族を避ける理由はよくわからなかった。
苦し紛れに取り繕った言い訳ではあるが、ラズワルドはそれだけで納得したようだった。
「積もる話もある。
場所を移そう。あの彼も一緒に」
ラズワルドに促され、メノウを引っ張るジストは案内された客間へと移動した。
「お主も疲れておろう。しかし事は急を要する。
一体全体何があったのか、わしに話して聞かせてくれないか。お主がその目で見た“あの夜”の事を」
「そのために私はここへ来た。
とは言っても、実際私にも現実離れした光景すぎて詳しい事はわからない・・・」
事の顛末を辿って聞かせている横、メイドが茶を運んでくる。
席は3人分用意され、やってきたメイドに促されもしたが、メノウは頑としてそれを受け入れず壁際に寄りかかって目を逸らしている。強張った表情と反抗的な態度にたじろぐメイドは、それ以上彼に近寄ろうとはしなかった。
一通りの報告を頷きながら聞き、そして今度はラズワルドが口を開く。
「ジスト。君には辛い話かもしれないが・・・アメシスについてだ」
「父上は・・・」
「あぁ。お主の国の傭兵ギルドの力で、崩壊した城の瓦礫の下から救出した」
きっと、ロシェが傭兵達に命じたのだろう。口も性格も悪いが憎めない女性だとジストは気が付き、深く感謝する。
「それで、だ。
・・・アメシスの遺体を我が国が一時的に引き受け、検死した」
「なんと?!」
ジストは驚いて椅子から浮いた。すぐに座り直して続きの話を食い入るような表情で待つ。
当初ラズワルドは実子であるジストにアメシス王の解剖の話などをするのは気が引けると思っていたのだが、予想に反して興味を引いたようだ。
それでも重々しい気持ちは変わらない。なんせ、その結果がどこか異様だったのだから。
ラズワルドは傍に控えていた者に命じ、数枚の書類を持ってこさせた。
それらをジストに渡し、やり切れない気分を流そうと茶を一口飲む。
「これは・・・」
「そうだ。見て分かる通り、アメシスの死因は病的要因ではない。
・・・事故でもない」
「心的、精神的な魔法での死・・・。
・・・他殺だと、いう・・・?!」
何かの間違いだ、とジストは茫然としたまま呟く。
「信じられないかもしれない。しかし信憑性は高い。むしろ、疑えるはずがない。
・・・アメシスの検死を担当したのは、あの“三賢者”の1人だ」
「三賢者の・・・!」
「クレイズ・レーゲン博士。
・・・錬金術の賢者だ。我が国の魔法学校で教授をしている。
お主も知っておるのではないか? そういえば、三賢者のもう1人がお主の教育係をしていたと聞いておったが」
レムリアだ。すぐにジストは彼の生死を聞く。
しかし、ラズワルドは唸る。
「あの夜の犠牲者は見つけられる範囲で全員、弔ったそうだ。
その犠牲者の中にクルーク氏の名はなかった。となると、どこかへ逃れられたか、騒動の中で別の事件に巻き込まれたか・・・。
しかし、お主に一報すらないとなれば、後者の方が現実的か」
「三賢者・・・。その、クレイズという者は今も学校に?」
「あぁ、いるだろう。
学校はここからそう遠くもない。アメシスの件について詳しく聞くにしても、わしよりレーゲン氏に直接聞いた方がいいだろう」
「そうだな。ありがとう。私はこれから学校へ向かう」
勢いよく立ち上がるジストを宥めつつ茶を勧める。
「待ちなさい。確かにお主は丈夫なのかもしれないが、こんな事があったのだ。
少しこの城で休んでから出発しなさい。お主の性格だ、きっとここまでの疲労の自覚がないのだろう。クルーク氏の捜索は我々の方でも行っている。安心しなさい」
「ラズワルド殿・・・痛み入る」
おお、そうだ、とラズワルドは思い出したように言う。
「せっかくだ。コーネルやリシアに顔を見せて行きなさい。
特にコーネルなど、お主の行方がわからなくなってからは手に負えなくてな・・・。
今は自室で謹慎させておるのだが」
言いかけたところで、部屋の外からざわざわと兵士達の声が湧いた。
「こ、コーネル様! なりません、今は大事な・・・」
「煩いどけ!! 俺はジストに話があるッ!!!」
やれやれ、とラズワルドは肩を竦めた。
外から聞こえてきた乱暴な声に、ジストは思わず表情を緩め、席を立った。
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