ジストは親書を書きあげ、うろうろと配達屋を探す。
宿屋から少し歩いたところに配達を担う者達の詰め所があり、王城への手紙を差し出す。
金を要求されたが、手紙を封じている封蝋の模様――つまり、アクイラ王家の紋章を見た配達員が慌てて撤回して快く引き受けてくれた。
外に出ると、街道を行き交う人々で賑わっていた。もう夕刻を過ぎ、空に星が見え始めている。日中の子供達は、帰ってきた親達と手を繋いで家路についているようだった。
(遅いな、メノウ・・・)
夜には戻ると言っていた。そろそろ帰ってきてもいいはずだ。
宿の部屋を覗くが、ジストが外出した時のまま照明が消えている。
どうせなら戻ってきたところを脅かしてやろうと、彼女は宿屋の入り口でメノウの帰りを待つ事にした。
さらに数刻が過ぎる。そろそろ欠伸を噛み締めたくなるような頃、やっとメノウが戻ってきた。
「遅いぞ! まったく、どこをうろうろしていたのだ!」
「あー、すまんすまん。
まぁ、なんだ。昔話に花が咲いたとでも言うておくか」
適当な受け流しをされてジストは不満そうにするが、それでもやっと安心したように顔を綻ばせ、部屋へ戻ろうと彼を誘う。
「で、その申し入れとやらは終わったんかいな」
「あぁ。紋章で封蝋をしたのだから、明日には優先的に招き入れてくれるはずだ」
「そないな機密文書を渡された配達屋も腰抜かしたんとちゃうか」
「そうだな! 大分驚いていたようだった。あれはあれで愉快だ!」
笑い飛ばそうとしたところで、こちらに背を向けているメノウが何かをしているのを不思議に思う。
そっと覗きこむと、彼は腕に出来た新しい傷に包帯を巻いていたのだった。
「ど、どうしたのだ、その怪我は?!」
いきなり背後から声をかけられて驚いたのか、彼の肩が跳ねる。
「いや、別に・・・」
「一体どんなアグレッシブな再会を果たしてきたというのだ?!
・・・さては、嘘だな?」
包帯を巻く手を止め、彼は面倒そうに振り返る。
「仕事。
姫さん待っとったらいつになるかわからんしな」
「金か」
改めて彼の正面に回り込み、ジストはその場の椅子に座って腕を組む。
「金が世間一般において重要なのはよくわかった。
しかし疑問なのが、君がそこまで金に執着する理由だな。
ロシェからも聞いたが、君は金銭に関すると融通が利かないらしいな」
「あのアマ、ペラペラとよくも・・・」
恨めしそうに彼は舌を打つ。
「何か買いたいのか?
ごく私的な見解を述べれば、君はあまり物欲があるように見えないが」
「別に。他人の金の使い方なんざどうでもえぇやん」
「またそうやってはぐらかす」
ジストが身を乗り出してくる。
じっと真っ直ぐ見つめてくる彼女の瞳は、嘘を吐く事に後ろめたさを感じるように純粋だ。
「・・・理由は、ある。
せやけど、姫さんにはわからんやろね」
「教えてくれないのか。
君が言う理由がなんなのかわかれば、私だって協力できるかもしれないのに?」
「悪いが、ごく個人の問題やねん。
・・・それ以上は、聞かんでえぇ」
踏み込んではいけない一線が見えた気がした。
さすがのジストも彼の重たげな口調に一歩退き、押さえがたい好奇心や疑問を何とか鎮める。
聞いてはいけない“何か”が彼にある。
ガイドのように様々な情報をくれる彼だが、当の彼自身の情報は皆無に近かった。
彼は何を目的に金を求めるのか、彼が今までどう生きてきたのか・・・――
なんとなく、まだそれを聞くに値する資格を持っていないような、そんな風に感じた。
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