関門へと至る道の中で、徐々に風景が変わっていくのをジストは感じた。
緑の国の領地には落葉樹が群生しており膝より高い雑草が道端を占領していたものだが、今その目に映っている環境はと言えば、白砂混じりの細かい土が道を作り、剥がれそうな木肌のずんぐりとした木が大きな葉を広げている。心なしか、向かってくる風が潮の香りを含んでいた。
「あぁ、これだ。この匂いだ。青の国だ!」
両手を広げてくるくると回りながら潮風を楽しむジストをそっちのけに、メノウはさっさと道を行く。
門番の兵に書類を見せて入国の許可を得ると、すぐ傍にはもう街並みが広がっていた。
しかし、ここは王都の下町だ。城を囲んで円状となっているカレイドヴルフの一番外側の地区である。城の手前から上地区、中央地区、下地区と称し、ジスト達が今立っている場所は下地区だ。
カレイドヴルフは、一家の所得と地位に応じて住居区が決まっている。当然城に近いほど富裕層だ。つまり、この下地区は平民の者が住む場所である。とはいえ、そもそも観光業で潤うカレイドヴルフにおいては、たとえ平民とはいっても最低限の生活が保障されている。
女性は広場の市に買い出しへ行き、男性は中央地区や浜辺へ仕事に出ている。日中の今、この街にいるのは大抵幼い子供達か老人だった。
石畳の街道を歩きながら傍らを見れば、道脇で駆けまわる子供達の姿が目立つ。彼らは歓声を上げながら和気藹々と遊び、時々見かける旅の通行人に手を振る。
「ミストルテインの王都も、こんなに明るい場所だったのだろうか」
興味深げにジストは独り言を呟く。子供達の騒がしい声の中でも、メノウはそれを聞いていたようだ。
「ミストルテインは、もうちぃとおとなしかった気ィするで。
ここらの子供は、姫さんとこと違って勉強より体力らしい」
「そうか。いつか、自分の足で自分の国を見て回りたいと思っていたのだがな」
国の王族とはいえ、領地全てを把握しているわけではない。ジストが知らない自国の姿もあったのだろう。現に、傭兵ギルドでさえ彼女にとっては珍しい光景だったのだから。
子供達を微笑ましく眺めながら歩いていると、その視線の先で駆けまわっていた子供がパタリと転んだ。その子は瞬く間に泣き出し、周囲の友達を困り顔にさせている。
「大変だ、手当しなくては」
すぐに駆け寄ろうとしたところで、足を止める。
前から歩いてきていた2人組の通行人のうちの1人が、転んだ子供の元へぱたぱたと駆け寄ったのだ。よくある光景の中の一部として気にしていなかったが、改めて見ればその2人組は頭から足元まですっぽりと隠れる黒いローブを羽織っている。容姿はよくわからないが、子供に駆け寄った方は随分と華奢で、連れの方はこちらにいるメノウと似たような高身長の者だった。
「随分暑苦しい奴らやな」
ぼそっとメノウが言う。この青の国は緑の国とは違って湿度が高く、この季節でもまだ暑い。そんな中で黒いローブなど、中の者が蒸し焼きにされてしまいそうだ。
転んで泣いていた子供は駆け寄ってきた人物を見上げ、目を丸くした。黒ローブの者は子供の目線まで膝を折り、長い裾から白く細い指を覗かせた。どうやら子供の怪我に手を翳しているようだ。それを見て、慌てたように連れの黒ローブの者がもう1人に駆け寄る。その人物の背に隠れ、子供は見えなくなってしまった。
次の瞬間には、子供は立っていた。遠目でも痛々しそうだった傷が嘘のように消えている。
先を行こうとしていたジストとメノウだが、不思議な光景にどちらともなく立ち止まる。
「ありがとう、おねーちゃん!
おねーちゃんすごいね?! 今のどうやったの?!」
わらわらと子供達が集まってくる。
それに困ったのか否か、長身の方の黒ローブが手を広げた。
「これは手品だよ、て・じ・な!
いいかい君ら、今のはパパとママには内緒だぞ!」
「えー、もっと見たーい」
「おにーさんは? おにーさんは何かできないの?!」
「いや、俺はそういうキャラじゃないから!」
怪しげな見た目に反して、随分と陽気な男のようだ。
それが子供達に受けたのか、子供達が2人に遊び相手をするようせがむ。
「わー!! 離れて離れて!!
おにーさんとこのおねーさんは今とっても忙しいんだよ!!
また会えたら、その時は思いっきり遊んであげるからね!!」
言うや否や、長身の黒ローブは小柄な黒ローブの背を押してその場を離れつつ子供達に手を振る。詰まらなさそうにした子供達だが、やがて元気よく手を振って2人を見送った。
去り際の2人と、ジストとメノウがすれ違う。
「優しいのはいいけどさ、人目を気にしようよー」
「すみません・・・つい、放っておけなくて」
陽気そうな男の声と、か細い少女の声が耳に入った。
黒ローブの2人は、この白昼の空から逃れるように足早に街道を渡っていった。
「一体何だったのだろうか・・・」
「こりゃ“お尋ね者”って奴かもしれんな」
あっと言う間に脇道へ消えて行った2人組を目で追っていたジストとメノウは、やがて自分達の本来の目的地を目指して再び歩き始めた。
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