南門の関所を抜けると、道が二手に分かれていた。片方は明るそうな林、もう片方は、何やら沼地のように見えた。

「ふむ。君が言っていた馬車の通り道とやらが、この左の道か?」

「あぁ。今は徒歩でも通れんから、右に行く」



太陽がそろそろ真上にくる。
秋の心地良い風が2人の間をすり抜け、落ち葉が頬を撫でた。

彼らが進む湿地帯は、地面がぬかるんでいてベチャベチャと靴底に纏わりつく。
泥まみれになった道草はもはや元の色を隠し、そして時折吹く湿った風が土の匂いを運んでくる。

初めて見た風景にジストは好奇心を全開にして落ち着きなく左右を見渡す。

「こんな場所があったとは・・・。
ここはいつもこんなに泥だらけなのか?」

「いいや。乾期だとここは草原やわ。
土砂崩れの話もそうやったけど、雨期の影響やろな。よくは知らんが、水捌けが悪い土地らしゅうての、大雨が降るとこんなんなる」

そうだ、と思い出したようにメノウは傍らのジストに視線を落とす。

「姫さん、疲れてへん?
なんや、昨夜ずっと歩きっぱなしで寝てないんやってな」

「うむ。しかしギルドで少し休んだおかげかまだ何とかなる。
・・・そういえば、宿はどうするのだ?」

やっぱりきたか、と彼は苦々しい顔をした。

「野宿に決まっとるやろ」

「の、野宿?! この沼地で?! 泥だらけのここで?!」

「まぁ、多少は乾いた場所探すが・・・期待薄やね。
いつもより水っぽいし」

しばらく動揺していたジストだが、切り替えたように胸を張る。

「野宿! なんと甘美な響きか!!
野宿とはあれだろう? 火を囲んで、大木の下で満天の星空を仰ぎ見ながら眠る・・・」

「いらん幻想は捨てた方が身の為やで。んな、おもろいもんちゃうさかい」

「あぁっ、夜が待ち遠しいな!
今宵は私の18年の人生で一番思い出深い夜になるだろう・・・!」

「18・・・」

ふと、メノウは足を止めた。

「そういや、今日って姫さんの成人と戴冠の祭りかなんか、王都でやるんとか聞いとったが」

「そうだ。私は今日で18歳になった」

青い空を見上げて彼女は遠い目をする。

「誰が私の成人の誕生日に傭兵と2人沼地に立っていると予想しただろうか。
祭りどころではないな。今日は、とても重い日だ。
私が成人した事ではなく、多くの王都の民達が眠った日・・・」

「・・・すまん。余計な話だった」

「いや、いいのだ。君には言っておくべき事だからな」

再びゆっくりと歩を進めていく2人。

「姫さんの指輪、国王の指輪やろ?
国王は、やっぱり・・・」

「あぁ、亡くなった。
しかし王都壊滅の前だ。だからあの憎きドラゴンの禍々しい爪の犠牲になったとは言えない」

「ドラゴン?」

興味を持ったのか、彼が聞き返す。

「あぁ、ドラゴンだ。赤い身体の、あの王城ほど大きい。
まるで意思を持っているかのように城を潰し、炎で焼き払った。
ドラゴンなど、伝説上の生き物だと思っていた・・・」

「確かに、普段は見かけんわな。
せやけど、どっかにドラゴンが住んどる場所があるって話は聞いた事あるな」

「本当か?! それはどこにある?!」

慌てて食いついてきたジストを宥め、メノウは遠い記憶を辿るように目を泳がせる。

「確か・・・ダインスレフだったか・・・。
近くにドラゴンの集落があるとか言うて、お偉い輩が子供のドラゴンを選んで密輸して、随分な金額で売り捌いたり買うたり・・・」

「ダインスレフ? 黒の国の?」

その国ははるか遠く、今いる緑の国から世界を半周したような場所にある。
この世界にある5ヶ国の中で、唯一世界の王家の会議の場に王族が出席しない国だった。

「手がかりが・・・あるかもしれない、ダインスレフに」

誰となくそう呟くが、すぐに世界を半周などどうやってするべきか悩む。

「ダインスレフに行くには、えぇと・・・」

「青の国の港町ニヴィアンから白の国へ渡る。
そこからまた渡った先の赤の国を抜けて黒の国に入る。
・・・そんなもんか」

「君はダインスレフへの行き方も知っているのか?!
もはや歩く世界地図ではないか。脱帽だ・・・」

「遠いなんてもんじゃあらへんのう。
それこそ数か月、あるいは年単位の道のりやわ」

「いいや、それでも行くぞ、私は。
この指輪を託された者として、私の国の、しかも首都を潰した理由を探らないわけにはいくまい!」

「面倒くさいんやね、王族ってのも」

彼はそうぼやく。

「・・・君は、この世界の5ヶ国すべてに行った事があるのか?」

「あるにはあるが・・・、白の国だけはそこまでよう知らん。
あの国は関門がキツくてな。ワイみたいな素性わからん連中はそう易々と通れはせん。長居もできんからな。
行く時は、あの国のギルドの顔馴染みのツテやね」

「知識が多く顔が広い。
レムのようだな・・・」

「レム?」

ついぽろりと零れたその名前を慌てて押さえようとするが無駄だった。

「・・・私の、従者だ。
生まれた時から見ていてくれた、もう1人の親のような。
博識で、上品で、何もかもが完璧な、私の自慢の側近・・・」

生死はわからない、と付け足す。

「それ、“三賢者”のレムリアって奴か?」

「おお、君も知っていたか!!
確かに彼の通り名はそうだ。そんなに素晴らしい者だったのに、私を逃がすために・・・」

「三賢者、ねぇ・・・」

しばらく考え込んだ後に、メノウは思い出したように話を続けた。

「せやわ。いきなりダインスレフ目指すんやなくて、まずは情報集めに三賢者に当たればえぇんちゃうか。
カレイドヴルフにはでっかい魔法学校があってな、三賢者の1人が教授やっとる」

「なるほど、まずは学者から情報を聞けばいいのか!!
君はなかなか頭がきれる。頼りがいがあるな、はっはっは!!」

バシバシと背を叩かれる。この女、本当に陥落した城の王族なのか。

「そうと決まれば先を急ごう!」

「いいや」

冷静な彼は空を指差す。

「もう日も暮れる。
そろそろ休む場所を探さんとな。さすがに夜の湿原は勘弁してや」

おお、と再びジストは目を輝かせた。



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