廊下の窓辺で煙草をふかしていた彼はすぐにジストの姿に気が付く。
「何度頼まれても引き受けんぞ」
「ならば・・・。
私に、青の国までの道のりを教えてはくれないだろうか?」
「青の国?」
窓際に寄りかかっていた彼が身を起こす。
「ロシェから聞いた。君はこれから青の国へ向かうそうだな。
私は王都カレイドヴルフまで、どうしても急いで行かなければならない。
ところがこの様だ。私はミストルテインからこのバルドルまでの道のりすら危うかった。
せめて行き方を聞ければ・・・」
「何しに行くん?」
「使者だ。
・・・ミストルテインが落ちた。その事を、カレイドヴルフにいる王に伝えなければならない・・・」
「落ちた? んなアホな」
多少目を丸くしたが、男はすぐに怠そうな顔に戻る。
「カレイドヴルフな・・・。
あそこへ行くんなら、この街の南門から出て湿原を通り抜ける必要がある。
死ぬで、ホンマ。冗談抜きに」
「湿原?」
「あそこは魔物の巣みたいなもんやしな。素人が乗り込んだらすぐに食われる。
前は馬車が通れる林道があったんやけど、雨期の雨で土砂崩れが起きて使い物にならん」
「君は本当に詳しいのだな・・・」
「遠出する傭兵の常識やて」
で、と彼は続ける。
「あんさん、その腰に下げとるご立派な剣は使えるんか?」
「う、うむ・・・。一応、城の流儀は物にしている、が・・・」
「斬った事はない、と」
「素人ではないつもりだ! すぐに死ぬ事はない!」
「そうやって調子乗る馬鹿が死ぬんやけどね」
「ば、馬鹿だと・・・」
むっとしたジストは拳を突きだす。
「見よ! この王家の紋章!!
君は一国の王子に馬鹿と言うのかね?!」
「それ・・・!」
急に男は身を乗り出す。それこそ、ミストルテインが落ちたと聞いた時よりも驚いたようだ。ジスト自身も彼の突然の反応に驚き、半歩退く。
「アホ!! その指輪を軽々しく見せんなや!!」
「む? 何故だ?」
「これが本当に王子かいな・・・」
今度は呆れた風に彼は肩をすくめる。そうしてから、ジストの拳を下げさせて声のトーンを落とす。
「その指輪・・・。これまで誰に見せてきた?」
「誰、と言われても・・・。
この街の門にいた兵士と、ロシェと、君だけだ」
「・・・そうか。
・・・えぇか、その指輪、今後は絶対気軽に見せんようにせぇ。
理由なんざ、王子やったら知っとるやろ?」
「私が王子だと体現するからか?」
「ちゃうわ。いや、それもそうやけど、もっと重要な・・・。
・・・何やお前、知らんのか」
「知らないぞ」
「知らんなら・・・それでえぇか。
とにかく、それは隠しておきぃ。痛い目見るんはあんさんやで」
「どうして王子の私が知らない事を傭兵の君が知っている?」
「・・・さぁな」
ぼそっとそう言うと、彼は元の気だるい面持ちに戻る。
彼が何を知っているのかはわからない。しかし、不思議に思うジストの脳裏に、ふと父王の言葉が蘇ってきた。
――指輪を、指輪を、誰にも渡しては、ならぬ・・・!
――指輪を、守るのじゃ・・・!
今際の父が警告した言葉だ。
それが指すところの意味は詳しくわからないが、死ぬ寸前にそう告げたのだから何か重い意味があるのかもしれない。
それを察したジストは、嵌めていた指輪を手袋の下へと隠す。
「・・・気ィ変わった」
手元を弄っていたジストは男を見上げる。
「どういう意味だ?」
「その指輪、見てもうたんやし、引き受けん訳にはいかんな。
特別やで。後払いで、護衛の話・・・乗ったる。
その代わり法外な額請求したるからな。覚悟せぇよ」
「本当か?!ありがとう!!
私はジスト。宜しく頼むぞ、メノウ!」
無理矢理彼の手をひったくり、ガシリと握手を交わす。触った事がない大きな手だと感じた。
「そうだ。これから共に旅をする君には、言っておいた方がいいかもしれない」
「まだ何かあるんか」
周囲に誰もいない事を確認し、ジストは背伸びをして長身の彼の耳元に囁く。
「私は女だ。だから君が言う“あんさん”とやらではないぞ」
「お、女・・・」
ポロ、と煙草の先の伸びた灰が落ちた。
-11-
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