ジストが草原で見た緑の屋根は、この街でも大きな施設の1つに入るギルドの建物のものだった。
兵士に案内されて木の扉を開けたその先では、いろいろな人種、様々な身なりの幅広い年齢層の男女が和気藹々と過ごしていた。

「これは・・・」

「ここが傭兵ギルドです。王家のお方が直接足を運ばれた事はないでしょう。
多くの傭兵を抱える国営の施設です。長はあの・・・カウンターの向こうにいる緑髪の女性です」

「わかった。案内、感謝する」

すぐに長のもとへ行こうとしたジストに、兵士はそっと耳打ちする。

「お気を付け下さい、殿下。
いくら国営施設とはいえ、ここにいる者は曲者ばかりです。どうか御足下を掬われぬよう」

こっそりと、しかし確かな睨みを利かせた態度で兵士は告げ、静かに外へと去っていく。
この兵士が言う意味がジストにはよくわからなかったが、それよりもまずは長に話がある。木の床をつかつかと進んでいくと、周囲で騒いでいた者達がジストを見るなり何やらこそこそと囁きを漏らしている。

「君がギルド長か?」

「あらぁ、随分とご尊大な旦那様がいらっしゃいましたこと」

カウンターの向こうにいた女性は、周囲の人々とは違って身なりを整えた人物だった。何故か室内にも関わらず、服と同じ色の白い日傘を差している。

「私はジスト。ジスト=ヴィオレット=アクイラという。
この国の王子で・・・――」

「んふふ。面白いご冗談を仰るのね」

女性は垂れた目を細め、唇に指の背を当てて笑いを漏らす。

「冗談?
違う、私は本当に王子だ。この指輪を見ればわかる」

兵士にやって見せたように指輪を見せる。すると女性はそれをじっと見た上でもなお微笑んだままでいる。

「わたくしにはその指輪がどんな価値を持っているか・・・?
そうね、その金はとても高く売れそう。一体どこの畜生貴族から拝借していらしたのかしら? んふふ」

「冗談じゃない! これは父上の形見だ!!
王家の紋章がわからないのか?!」

「一市民が、いちいち高嶺の主様一家の紋章など覚えているものですか」

にこやかな彼女はさも当然のようにそう言う。話にならない。
一向に進展しない会話の流れに痺れを切らしたジストは、ついに言い放った。

「王城が陥落した! この国の王、我が父は昨夜お亡くなりになった!!
その息子たるこのジストが、使者としてこの地へ来た!!
すぐに王都へ救援に行ってくれ、頼む!! もうどれだけの犠牲が出たかわからないのだ!!」

ダンッ、とカウンターを叩くと、女性は小さく跳ねた。
周辺で聞き耳を立てていた者達はざわめく。

「王城が落ちた? あの王都の城が?」

「国王陛下が亡くなったのか? 聞いてないぞ」

人々のざわめきを見つめていた女性が、ふとジストに目線を移す。

「坊や、それが本当なら、詳しい話を聞かせていただこうかしら。
奥の部屋で、じっくりね」

女性はやっと動き出す。彼女に連れられ、ジストはカウンター横にあった扉の向こうへと足を踏み入れる。


-08-


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