「ジスト殿下! ご無事でしたか!!」

王都の関所で門番をしていた兵士が駆け寄ってくる。

「な、何事なのですか?! 王城で何が?!」

「わからない、わからないんだ!
とにかく、君達は早く逃げろ!! じきに城を襲うドラゴンがこちらへ向かってくるかもしれない!!」

「いえ!
我々は門番。このような混乱時に賊に関所を突破されては王国名誉に影響いたします!」

「そんな! 君達ならまだ助かるかもしれない・・・!」

「我々はアクイラ王家直属の兵士部隊。
その誉れに殉じるならば本望!! 他の者も同じ所存であります!!」

ジストにはよくわかった。
今ここで誇り高き騎士道を掲げる者達は皆、本能で怯えていた。それでもなお、自らが持つ志を曲げずにいた。

「お逃げ下さい、殿下。
殿下は我々の希望。きっと、国王陛下に託されたものがあるのでしょう。
我々は殿下の背を守ります!! さぁ、早く!!」

「すまない。
・・・すまない・・・!」

後ろは振り返らなかった。
門の先には草原が広がっている。ジストの視界には夜の闇にしんと静まり返った長い道が伸びていた。





走り続けて半刻ほど過ぎただろうか。
息を切らせて足を鈍らせ、ジストはゆっくりと道を行きながら呼吸を整える。
道は真っ直ぐに続いていたが、目指す街にはほど遠かった。

今まで堪えていたが、ようやくそこで彼女は振り返る。
追っ手はいない。しかし遠くで赤々と燃える炎が見え隠れしていた。

勢いで走ってきたものの、ジストは青の国までの道のりを知らない。
従者が操る馬車での移動は日常茶飯事だったが、今のようにこうして自ら無防備な道端に、護衛も付けずに立った事などなかった。
この辺りは野生の魔物の縄張りだ。いつ襲われてもおかしくはない。幸い、彼女は剣の扱いには長けていた。たかが王国の流儀で少々腕が立つからといって予期せぬ事態に即断で対応できるとは到底思えなかったが、逃げる一択ではない事で余裕が持てる。

ふと、レムリアに託された細剣を鞘から引き抜いてみる。黄金の柄に風を示す装飾、白く鋭く、洗練された細い刃。城の宝として祀られていただけにお飾りのような印象を持っていたが、それとは裏腹に殺傷能力に長けていそうな剣だった。そして何より、ジストの手に馴染むように、吸いつくように、その剣はジストの一部となる。まるで剣の方が持ち主の能力に合わせているような、そんな不思議な気配だ。
剣を2,3度振ってみてから、そっと鞘に収める。さて、対抗手段はなんとかなるかもしれないが、問題は青の国まで行く手段だ。

確か、王都カレイドヴルフまでは馬車でも1日はかかる場所だった。そこに、今から徒歩で向かうのだ。それも、道も知らないジスト1人が。

前向きな思考系統は自負していたのだが、そんな彼女もさすがに一抹の不安を隠せなかった。どこで寝る?何を食べる?・・・どうやって辿り着く?

レムリアが一緒にいたのならば、何も不安はなかっただろう。彼は何でも知っている。聞けば必ず答えが返ってくるし、それ以上の興味深い話も聞かせてくれたものだ。
その彼は、死んだのだろうか? 階段から転落した彼は血を流しているようには見えなかったが、激しく体を打ったようだった。それに加え、あの大きなドラゴンが、まるで砂の城のようにあの王城を軽々と足蹴にしていたのだ。王都壊滅の報せを受けて同盟国が救援を出してくれるまで、あと何日かかるだろうか。下手をすれば、王都の隣町にすら王城の陥落という噂が流れるのに数日を要するかもしれない。

とにかくジストは急ごうと歩を進める。最初の使者は自分なのだ。まずは国内のどこか、王都ではない離れた街に向かって助けを求める必要がある。
緑の国は広大な自然と数個の街から成り立つ国家だ。王都ミストルテインからいちばん近いのは、恐らく、傭兵ギルドがある港町バルドルだろう。
ギルドの長は、貴族までとはいかないが、それでも平民よりは王家に近しい者だった。まず先駆けとしてその者に経緯を報告すべきだろう。

ジストは長く伸びる道をひたすら踏みしめる。
父王やレムリアが遺した言葉をひたすら脳裏で繰り返しながら。


-06-


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