夜通しで賑わう前夜祭の光景を、少しばかり冷える夜風の中でジストは見つめていた。
明日の為にも早く寝なければならないのだが、どうにも目が冴えてしまって寝付けずに外の空気に当たっていたのだった。
(羨ましい。私も大勢の者と一緒に火を囲んでみたい)
大きな篝火を焚いて、その周りで踊っている人々の影が見えた。
微かに陽気な音楽が聞こえてくる。聞いた事がない曲調だが、平民の中では有名な曲なのだろう。
炎が広場を赤く染め、飛び散る火の粉が満天の星空に吸い込まれていくようだ。
遠巻きからの見物もそこそこに、そろそろ寝ようとジストは部屋に戻る。
部屋の照明を落とそうと手を伸ばしたその時だった。
「姫様、姫様!」
切羽詰まったようなレムリアの声がした。
何事かと慌てて扉を開けると、そこには蒼白な顔の彼が立っていた。
「すぐにいらして下さい!
陛下が、陛下が・・・」
目を丸くしたジストは、扉を閉める事も忘れて全速力で父親の私室へ向かう。
「父上!」
駆けつけた先では、ベッドで苦しそうな呻き声を上げる変わり果てた父王の姿があった。
数人の医師、その倍ほどの数のメイド達が慌ただしく部屋の中と外を行ったり来たりしている。
「父上!
父上、どうかお気を確かに!」
「ううう・・・
じ、ジストは・・・ジストはどこじゃ・・・!」
「ジストはここにおります、父上!」
「おぉ・・・ジストや・・・」
父の手がジストの頬に触れ、その輪郭をなぞる。
弱々しく震えるその手をとらずにはいられなかった。
―― 一体いつから、こんなにも細い手になってしまわれたのか。
「父上に何が?!」
すぐに周辺の者に問うと、1人の医師が気まずそうに俯き顔で説明する。
「それが、わからないのです・・・。
晩餐の席ではいつも通りでしたが、先程急に」
「まさか、毒・・・?!」
それには他の医師達も必死で首を振る。
「検査はしました。しかし有害な物質は検出されず!
就寝の直前に何かがあったと思われるのですが、目撃した者はおらず、陛下ご自身もすでに記憶が混濁しているご様子で・・・」
「父上・・・!」
ジストは必死で呼びかける。
その声に僅かな意識を取り戻したのか、父王は震える手を伸ばしてジストの顔を近づけた。
小声で何かを囁いている。ジストは耳を近づけると、絞り出すような声で言葉を繋げていた。
「わしは、もう、長く持たぬ・・・。恐らく、明日までも持たぬ・・・。
ジスト、よく、聞くのじゃ。指輪を、指輪を、誰にも渡しては、ならぬ・・・!
指輪を、守るのじゃ・・・!」
「父上、父上、もう喋らないで・・・!」
「よい、か、ジスト・・・!
すぐに、すぐに“青の国”へ、向かう、のじゃ・・・!必ず、じゃ・・・!
わしの、代わりに、オリゾンテの、王が、お前を、助け・・・」
「陛下!姫様!」
追いついてきたレムリアが後ろから呼びかけてきた。
ジストが彼の声に反応してそちらを見ようとすると、それを遮るように、父王はジストの肩を残った力でガシリと掴んだのだった。
「ジスト・・・!
レム、リアを、信、じ、・・・」
「父上?!」
フッ、と、ジストの肩を掴んでいた手から力が抜け落ちた。
骨ばった細い腕はそのままベッドの上に落ち、やがて動かなくなった。
「父上・・・?
ち、父上!! 父上!!!」
必死で肩を揺するジストの横から医師が割り込んできて何度も蘇生の術をかける。
しかし数回繰り返してから、そのまま静かに離れて首を振った。
「う、嘘だ・・・。父上、なんで、私は、明日・・・!」
フラフラとよろめいたジストを支えたのはレムリアだった。
ゆっくりと彼を見上げると、沈痛な眼差しが静かに国王を見つめていた。
「レム、わ、私、は・・・」
「姫様、・・・少し部屋を出ましょう。
さぁ、私に掴まって。そう、ゆっくり・・・」
優しく支えられながら、ジストは廊下へと出る。
-03-
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