赤い絨毯が長々と続く廊下を速足で行く1人の青年がいた。淡い紫の長い癖毛を後ろで結った、上品な出で立ちの若者だ。その身なりは正しくその王城にいるに値する程気品があり、急ぎ足の中でもすれ違う者達への会釈を忘れない心遣いは好感の持てる姿だった。

青年は階段を上っていき、廊下のつき当たりにある扉の前で立ち止まる。
軽く衣服を整え、ふっと小さく息をついてから、彼は扉をゆっくり叩いた。

「殿下、クルークでございます。先の通り、少々お時間を頂きに参りました」

クルークと名乗る彼は丁寧にそう声をかける。
すると、中から返事がきた。

「うむ、待っていたぞ。鍵は開いている、入りたまえ」

「失礼いたします」

一呼吸の後、青年は静かに扉を開いた。





「おぉ、レムよ。よく来たな。
・・・して、話とは何だろうか?」

部屋で待っていたのは、黒い短髪の若者だった。紫水晶のような色の瞳は、やってきた青年を嬉しそうに映している。

「殿下、明日の件で少し打ち合わせを」

「そうかそうか!
まぁ、そこに座りたまえ」

促され、青年は恐縮そうに礼をしながら傍らの椅子に座る。
その向かいに若者も座った。

「それで、殿下。明日の事ですが・・・」

「楽にしてくれ。ここには私と君しかいないのだから」

「はい、では・・・。
姫様、こちらの資料をご覧ください」

殿下、そして姫。
そう、今レムと呼ばれた青年レムリア・クルークの前にいる者こそ、この国の王家の嫡子だ。
その外見は中性的で、身に纏う服は王子と呼ぶに相応しい代物である。

彼女は王女だった。
名をジストといい、王都ミストルテインで知らぬ者はいない“王子”だ。
緑の国の王家であるアクイラ姓の一族は、代々男子にのみ王位を継承させてきた。しかし今代の王の場合、娘1人を授かった後、王妃の急逝によって後継者の問題が浮上したのだった。
建国から続いてきた王家の伝統を蔑にする事は容易い事ではない。そこで今代の王が苦渋の策として編み出した案は“娘を息子として公表する事”。ジストは紛れもない女性でありながら、国の為、民の為に“王子”になったのだった。

彼女は明日、王になる。
歴史の闇に消えるであろう真実を隠したまま、新しい統治者として。



「指輪、か」

「はい。アクイラ王家には、その祖先から伝わってきた紋章の指輪があるのです。
国王陛下が今、身に着けていらっしゃるあの指輪。それを、明日の儀式の中で受け取って頂きます。あの指輪を身に着けたその時から、姫様は国王陛下となられるのです」

「なんだかむず痒いな。
本当によかったのか? 父上がご存命の間に玉座の者が代わるなど・・・」

「国王陛下のご指針です。これは姫様がまだお生まれになっていない頃からの。
・・・陛下はもう十数年臥せっておられる。もしもの時が来る前に、と仰せつかっております」

「そうか・・・。そんなに前から・・・。
わかった。父上がそう仰るのならば全うしよう」

ジストの瞳が寂しそうに揺れる様を見て、レムリアは心を痛める。
まだまだ広い視野に焦がれる年頃の若い女性。生まれ落ちたその時よりずっと前から彼女の運命は決められていたのだと考えると、どこか不憫でもあった。

しかしジストはからりと表情を変えて笑顔になる。

「広場に多くの人々が集まっているのをベランダから見た。
あれは一体なんの集まりだ? とても活気に満ちていた」

「前夜祭を、城の前の噴水広場で執り行うと聞きました。
皆さん、姫様の戴冠を心から祝福しているのですよ」

「なるほど、前夜祭か!
祭りは気分が高揚する。ふふふ、サプライズで私も参加を・・・」

「いけませんよ、姫様。
まだまだ明日の打ち合わせは長いのですから」

「むむむ、そうか。それは残念だ・・・」

2人は顔を見合わせて笑う。
ジストと、その教育係であるレムリアとはいつもこの調子だった。
穏やかに微笑み合い、2人は同じテーブルを挟む。その信頼関係は城の誰からも認められ、優しく見守られていた。

今宵も2人は共に語らう。
長い夜は、これからだった。


-02-


Next≫


[Top]




Copyright (C) Hikaze All Rights Reserved