ハイネが泣きついた先はもちろん、別の世界の『俺』ことハイネの世界のカイヤである。
「聞いてやカイヤ先生~!!」
と教え子からの嘆きに耳を傾けたカイヤは、バンッ!と露骨に大きな音でカップを置いた。
姿が見えなくても、“私は怒っています!”とアピールするには十二分だった。
『バッッッカですねぇ! そこの私は!
顔も知らんのに勝手に私にその腐った考えを期待しないでほしいってもんです!!』
聞いた事もないほどカイヤが声を荒立てるものだから、ハイネの方は思わず懐中時計を手に正座してしまった。
別にハイネが怒られているわけではないのだが。
「やっぱりそうだよね?
カイヤ先生とアイレスくんは全然違うもん」
『まず大前提として、私はそちらの私のように人類のために自己犠牲を選ぶなんて“崇高な事”はしません! できません!
だって私は、それが正解だったなんて思ってないから』
崇高、と声を荒げた後に続いた理由の部分は、ハイネにはよくわからなかった。
でもきっとそれは父であるクレイズの事だろう、と安直に考えた。
確か彼は、カイヤやハイネといった人々を守ろうと自分の身を犠牲にしたと聞いたような。
――でも今回ばかりは、そんな単純な理由でもないような雰囲気も少し漏れていた。
それが何かは、ハイネにはよくわからないけれど。
『たった1つの願いのために多くを犠牲にする……。
どちらかというと、私はきっとそちらの私にとっては害悪側の人間だと思います。
もしこの私がそちらの世界のような真実の中に生きていたとして、そしてハイネさんが尊い犠牲になったそちらの私の考えを持ってきたとして。
……それで、ハイそうですか、と従うとは思えません。
私はこの世界が好き。もしかしたら誰かの不幸の上に成り立っている世界かもしれない。でも、私が生きてきた20年間は本物だから。
簡単に手放せないです。エゴイストですもの、私』
でもそれに気付けたのは、6年前の旅のおかげだったと彼女は付け加える。
『全然理解できない、ってわけじゃないです。
現に、6年前の私は似たようなことを考えていました。
私は実の親が外道じみた事をしていたと知った時、そして別の世界から――そちらの言葉を借りるなら『外来種』である博士に育てられた自分は、ここで生きていてもいいのかと思った事があります。
でもそんな私を肯定してくれた人がいた。博士もそうだし、あの時の旅仲間も、そう。“振り返っても仕方がない、ここには今しかない”と私の背を力強く押してくれた人が……いたから』
ここまで話して、カイヤはふとそういう事か、と声にならない声で呟いた。
「どういう事?」
微かな呟きは弟子にも聞こえていたらしい。
先ほど乱暴に置いたカップを今度はそっと手に取り、カイヤは喉を潤す。
『ハイネさん、そこにいる私はたぶん……
“愛情を疑っていた”世界の私です』
並行人格といえど、辿ってきた人生は違うし、考え方も違う。
でも、心の奥底で揺るがない『信念』は、わかるかもしれない。
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