台所は荒れ放題だ。
しばらく見回してから、『冷蔵庫』と呼ばれていた棚を開けてみる。
冷気が漂い、先程ケイトが入れていった食材が並んでいるのが目に入った。
火元の方へ目をやる。
どうやら魔法で点火できる場所があるようだ。
鍋やフライパンは埃を被っているが、一応使えそうである。
ここまでお膳立てされていれば、やる事は一つ。
ハイネは長い赤髪をきっちりと束ね直し、ふふんと鼻を鳴らした。
昼過ぎ、アイレスが面倒そうに台所へ顔を出す。
「ハイネさん、今後の話がやっとまとまっ……」
「ん! ちょうどえぇわ、お昼出来たから一緒に食べよ!」
ハイネはぐつぐつと煮える鍋の前で笑った。
「……何やってんですか?」
「見ての通り! シチュー作ったんよ。
どの文明の世界に行っても、火と材料があれば料理は作れる!」
「わざわざ作らなくても、食べたければ街で食べてくればいいのに……」
「いーいーかーらー!
まぁまぁ座って、少しでもいいから食べてや!」
「俺、偏食なんで……」
「これはきっと好きやから、ね?」
ハイネに無理やり座らされ、皿に盛られたシチューが差し出される。
ホカホカと湯気が立つとろりとしたスープの中に、色とりどりの野菜が泳いでいた。
「なんで俺が仲良く食卓を囲まなきゃならないんですか」
「はい、いただきまーす!」
元気に手を合わせて一足先に食べ始めたハイネを前に、アイレスはすっかり困惑気味だ。
食欲など遠い昔に失くしたようなものだが、何故か目の前に置かれた一皿は忘れていた感覚を誘う。
決して店で出てくるような味気ない優等生ではない。
少々大雑把な切り口が楽しそうに白い海の中に浸かっているように見える。
目の前でバクバクと食べる相手、ついでにおかわりも遠慮がない。
まぁ一口なら、と恐る恐る口に運んだアイレスは驚いた。
「……おいしい……」
「え? なんか言うた?」
「……いえ、何でも。熱くて食べられたものじゃないです」
「なんや、食べ方まで忘れたん?
フーッてするんよ。そのままじゃ火傷してまうわ。出来立てやもん」
「何なんですか貴女。俺を子供扱いしてます?」
「ふふっ! そうかもね!」
ゆっくりではあるが、アイレスはそのまま食べ進めていた。
下手な事を言うと逃げ出しかねないのでハイネは黙っていたが、その様子を見るに口には合ったようだ。
「……何故これを作ろうとしたのですか?
昨日のプリンも貴女の差し金と聞きました」
そういえば、冷蔵庫からプリンが消えていた。
真実は語らないが、恐らく彼はそれを食べたのだろう。
「実はうちの師匠……カイヤ先生の好物なんよ。プリンとシチュー。
だからアイレスくんも好きかなって思ったんや」
「気味が悪いですね……。見透かされているみたいで」
「あっ、アイレスくんもやっぱ好きやった!?」
「知りません。ほっといてください」
憎まれ口を叩きながらも皿は綺麗に空いていた。
隠しきれていない本心に、なんだかハイネは笑ってしまった。
気難しい青年だと思ったが、歩み寄れそうな手応えを確かに感じたのだ。
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