アイレスの小屋へ到着する。
ケイトは慣れたように手荷物を手早く並べていく。
食材、調味料、日用品。そういったところだ。

冷蔵庫を開き、使われずに朽ちた品々を取り出して新しいものを入れていく。
その途中でふと、いつもなら放置されていたであろうとあるものがなくなっている事に気付く。

「……うえ、全部腐ってるやん。勿体ない……」

「本当に、手のかかる王子様だよ。
……まぁでも、昨夜は少しだけどちゃんと食べたみたいだ」

「せっかく買ってもダメになってまうんじゃ、意味ないやん。
食べ物粗末にするなんて」

「ここじゃそんな考え持ってる人もほとんどいないからね。
食べ物に困る人なんて、このご時世何処にもいないんじゃないかなぁ」

だからといって腐らせていい理由にはならないだろう。
ハイネは不服そうに眉をひそめる。



アイレスは相変わらず研究室に篭って机にかじりついている。

「おはよー、アイレス。ハイネ君が来てくれたよ。
それじゃあ今日も頑張って~。
僕は仕事だから帰るね」

「……はい」

用事だけ済ませるとケイトは直ぐに小屋を後にした。
忙しい人なのだろう。



「その……お、おはよ、アイレスくん」

とりあえず挨拶してみたが、当然返事はない。
はぁ、と溜息を吐いて近くの椅子に腰を下ろす。



「それで、取引条件は決まりましたか?」

前後の装飾もなく清々しいほどの単刀直入である。

「決めてきたよ。
――じゃ、改めて。うちは『旅人』としてアイレスくんを手伝う。
そしてうちからは……――“オズさんに会わせてほしい”」

アイレスはゆるりと手に取っていたコーヒーを豪快に噴き出した。

「は……え!? 何!? なんでそうなるんです!?
もっとこう……あるでしょう! 貴女を元の世界に戻すとか!!
俺ならそれくらいやれますよ!? なのになんで!?
い、1個だけですよ、叶えるのは!!
よく考えました!?」

「考えたよ。ほんまはそっちと迷ったけど、やっぱこっち」

「俺への嫌がらせに貴重なカードを使うってんですか!?
めちゃくちゃ趣味悪いな!!」

「ちゃうよ。そんなんどうでもええねん。
うちはオズさんに聞きたいことあるんよ。
でもケイトさんに聞いたら、簡単には会えんっていうから」

「……叔父さんに話を聞いたのなら、俺とオズ・フィンスターニスの関係についても聞いたはずです」

寸分前の挙動とは打って変わり、彼はすこぶる不機嫌そうな顔を浮かべる。
適当な他人を拒絶するあの表情とは違い、少し寒気すら感じるほどだ。
一瞬身構えたが、引き下がるまいとハイネは強気で行く。

「仲悪いんやって?
ちょうどええやん。仲直りできて」

「貴女に俺とあの人の軋轢がわかるはずもない。
却下です、却下」

「“何でも”って、言うたよね?
嘘やったん? うち、嘘吐く人に協力はできへん」

ぐ、とアイレスは唇を噛む。
どうやらハイネに手伝って欲しいのは本気のようだ。

「……当てつけじゃないというなら、他の理由を教えてください。
オズじゃなきゃ駄目な事なのですか?」

「オズさんじゃなきゃダメ。うちは確かに元世界に戻るっていう目標もある。
でももう一つ、オズさんの研究でどうしても知りたい部分があるんや。
そっちの方が優先。うちが帰るのはいつになってもいい。
でもオズさんの研究は、待ってる人がおる。生死がかかってるって言うてもえぇ。
……うちは本気や。もしほんまにこの願いを叶えてくれるなら、うちはアイレスくんに全力で協力する」

しばし沈黙。
何度もアイレスの瞳が行ったり来たり忙しない中、口は閉ざされたまま。
父と息子をそこまで違えてしまったものは何なのだろうか。



「……わかりました」



アイレスはようやくそう呟いた。

「貴女はしょうもない親子喧嘩だと思っているのかもしれませんが、俺達の問題はそんなものじゃない。
血縁関係など何の理由にもなりません。これは学者と学者の矜持のぶつかり合いです。
俺が求める未来と、あの人が求める未来は正反対だ。
俺は譲らないし、あの人も譲らない。だから永遠に交わる事はない。
それくらいの深い溝があるんです。
……俺があの人に顔を合わせるのは、俺の矜持を捻じ曲げる事と同義。
俺がそこまで覚悟するんです。貴女はそれに応えてください」

「……わかった。契約成立だね。よろしく」

ハイネは無理やりアイレスの手を取って握手を交わす。
驚いたのか座ったまま飛び跳ねたアイレスだが、ふん、と鼻を鳴らしていつも通りの愛想のなさで応じた。

「それじゃ、早速共同作戦だね!
うちは何すればいい?」

「これからの事をまとめるので、貴女はとりあえず適当に待っていてください。
キルフ街に行っていただいても構いません。暇でしょうし」

勇み足だったところで肩すかしである。
「やる事ないんかい!」と思わず突っ込んでしまったが、ふと思い出す。

「ねぇ、台所うちが弄ってもいい?」

「え? 構いませんけど……。
どうせ長らく使ってないですし」

よし、とハイネは即座に切り替え、台所に駆け込む。



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