翌朝、宿の朝食を綺麗に平らげたところでノック音がした。
「やぁ、おはよう。僕だよ、ケイト。よく眠れたかい?」
扉を開けてみると、ケイトがヘラリと笑って立っていた。
しかし目元には濃いクマが浮かんでいる。徹夜でもしたのだろうか。
「おはよ、ケイトさん。うちはぐっすり。
ケイトさんこそその顔どないしたん?」
「いやぁ、いろいろ溜まっていた研究やら何やらを片付けていたらすっかり朝でね。
なぁに、気にしないでくれ。こんな事しょっちゅうだからさ」
それで、とケイトは話題を逸らす。
「アイレスとはどう?
少しは話せた?」
「まぁ、ちょっとだけ。
うちに協力して欲しいことがあるって。
代わりに願いごとを1つ叶えてくれるんやて」
へぇ!とケイトは驚いたような声を上げた。
「こんなに手応えのあった『旅人』は初めてだな。
ふふっ、一体何を願うのかな。金銀財宝とか?」
流れでケイトと話しながら宿を出て、アイレスの小屋へと向かう。
そう、まだ『願いごと』が決まっていないのだ。
正確には、迷っていた。
「……あのさ、ケイトさん。
『オズ』って人知ってる?」
「うん? 急にどうしたの」
「うち、その人に会いたいんやけど」
そう言って様子を窺うと、ケイトは気まずそうに頭を掻いた。
「う~ん、どうかな。結構難しいかも」
「そうなの?」
「忙しい人だからね。それに、君がアイレスと関係があるって知ったら、兄さん……どう思うか……」
「兄さん?」
「そう。オズは僕の兄さんなんだ。
ついでに、アイレスのお父さんでもある」
やはり、そうだったか。
しかし息子の関係者を拒むとは、オズという人物は一体どういう者なのだろうか。
そんな疑問が顔に張り付いていたのか、ケイトは続けてぽつぽつと話す。
「昔いろいろあってね。アイレスとオズ兄さんは絶縁状態なんだ。
もちろん、アイレスの面倒を見ている僕の事も兄さんは嫌ってる。
だから、僕ら揃って兄さんがいるところ――ウェナン国立研究所では顔が利かない。
本当は僕ら二人とも、あの研究所の学者だったんだ。
今ではすっかり厄介者扱いだけどね」
家族喧嘩にしては壮絶だ。
アイレスはともかく、人の良いケイトすら追い出してしまうとは、オズはかなり尖った人物のようである。
「君が兄さんに会いたいって、どんな用件か聞いてもいいかい?」
「なんていうか……ある研究の話を聞きたいっていうのかな。
オズさんだけが知ってるはずの論文を見たいんよ」
「兄さんの研究……?
あの人は確かに薬学の第一人者ではあるけど、君が知りたい話っていうのはそういう?」
「そう。……やっぱり、会うのは大変なんかな」
「そうだねぇ。アイレスが土下座でもすれば、あるいは……。
まぁ、天地がひっくり返っても無理だろうね」
ははは、とケイトは笑っているが、ハイネは何かを閃いたのか、一人ふむふむと頷いていた。
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