「運命のイタズラか、はたまた決まっていた定めなのか。
随分と奇妙な世界に辿り着いたようだな」

暗闇の中で久しぶりの声がした。『旅人』だ。
彼女は相変わらずのようだ。

「奇妙な世界? どういう事?」

「私にもよくわからないのだ。
君が今いるその世界は、私がこれまで見てきた無数の世界の中でも異質だ。
君でもわかるように言うならば……
幾重にも輪郭がなぞられた世界、とでもいうか。
何度も繰り返したせいで、本物の線がわからなくなった円のようだ」

極めて抽象的な例えである。
ハイネは目を白黒させてしまう。

「つまりは、よく注意するようにと言いたいのだよ。
君は確かに私の加護によっていくらかは悪意から守られている。
しかしその世界では私の力が分散してしまうような……。
――実は、少し前から私そのものの存在も揺らぎ始めた。
だからこうして久々の登場というわけなのだが」

「旅人さんの力が弱まってるってこと?」

「端的に言えばそうだな。
恐らく原因は……――いや、それを言うのは今はやめておこう。
とにかく、この世界での旅には気を付ける事だ。良いな?」

『旅人』という存在。
結局彼女は何者なのか、今でもよくわかってはいない。
時に慈悲深く、時に冷徹。
彼女は神ではないとは言うが、もし神が存在するのなら、彼女のような者の事を言うのだろう。
ハイネはそうぼんやりと思っている。

そんな『旅人』の力も無限ではないらしい。
いつかは彼女も消滅する時が来るのかもしれない。

「旅人さんにはいろいろ思う所はあるよ。
でも困ってるなら、手助けはしたい。
これでも旅人さんのおかげで助かったこともたくさんあったし」

「はは! 君は筋金入りの世話焼きだな。
そういうところは“彼”にそっくりだ」

そう言って懐かしそうに細められた旅人の瞳の色は、どこか少女のようだ。

「私の事は気にするな。
……君が気にしている私の正体は、いずれ必ず君に教える。
今はただ、己の旅に集中しなさい」

「……わかった。約束やで?」

「あぁ、もちろん。
……それでは、残りの夜はぐっすり眠りたまえ」

ふ、と微笑んだ旅人の姿がスッと暗闇に溶ける。
ハイネはその姿を見送り、静かな眠りの波に身を委ねた。



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