ケイトに紹介された宿屋に向かう。
受付で彼から預かったカードを見せると、宿屋の主人は笑顔で部屋に通してくれた。

「お代はケイトさんから貰ってるから、好きに使ってくれ」

案内された部屋はいわゆる『スイートルーム』だった。
広々とした個室、大きなベッド。
備え付けのティーセットまでもが高級ブランドで揃えられている。
昼間にアイレスへ偉そうに説いてしまったが、まるでお姫様になったようなこの部屋ではつい胸が躍ってしまった。



荷物を置いて落ち着いたところで、ハイネは懐中時計を開く。
今回は壊れずに持ちこたえてくれた。早速、師に連絡しようではないか。


「カイヤ先生、やっほー。無事着いたよ!」

そう呼び掛けると、ザザッという雑音の後に安堵した声が流れてきた。

『あぁ、良かったです。今回の連絡は早かったですね。偉い偉い。
それで……どうですか? 新しい世界は』

「もう、ほんますごいの!!
何もかも夢みたいな未来って感じや!
飛空艇が何隻もビュンビュン飛んでるんやで!?」

『い、いいなぁ! 私も見てみたい!
今回ばっかりは羨ましいです! 悔しい!』

「えっとね、それで早速なんやけどこっちのカイヤ先生に会ったんよ。
……正確にはちょっと違う? みたいなんやけど。男の人でさ」

『わ、私が男性なんですか!?』

「類似……並行人格……? だっけ……?
なんか、そういう世界もあるんよって聞いた」

『類似……。
ん? ちょっと待ってください。もしやその人の名前、「アイレス」では?』

元世界のカイヤにはアイレスの名を教えていないはずだ。
何か知っているのかと問えば、カイヤは「えぇ」と漏らす。

『博士の息子さんの名前だったはずです。昔写真を見た事があります。
私と顔は瓜二つだけれど、性別が異なると。
博士の本当の息子さんは幼い頃に亡くなってしまったそうです。
つまり、ハイネさんが会ったアイレスという人は、博士の息子さんが生き延びた姿……』

そして彼は、今まで会ってきたクレイズではなく、『オズ・フィンスターニス』の息子なのだ。



ハイネがそれを理解したのを察知したカイヤは、食い気味にこう述べる。

『ハイネさん、その世界のオズという人に接触してください!
その人なら、博士の純粋な並行人格――きっと、博士の研究の内容も知っているはず!
私が求めている“欠けた論文”をどうにか手にしてほしいのです!!』

あまりの勢いにハイネは思わず仰け反ってしまった。
その気配を悟ったのか、コホンと聞き覚えのある咳払いをしたカイヤが続ける。

『すみません、興奮しちゃいました。
……恐らくハイネさんが今回辿り着いた世界は、私が行った事のある「隣の世界」と限りなく近い。
しかも、私が見たあの世界よりもかなり情勢が安定しているように思えます』

「すごいなぁ、カイヤ先生。そこまでわかるん?」

『飛空艇がヒントです。
あの発明は、非常に優れた文明と発想力、そして豊かな自然という条件が噛み合った時に生まれるもの。
直接見なくとも、その世界がどれくらい繁栄しているのかを予測できるある種の指標です。
ハイネさんが先程仰ったように、飛空艇が日常的に飛び交う世界なんて、奇跡のような歴史を歩んできたのでしょう。
――もしかしたら、その世界でなら、ハイネさんがこちらへ帰って来る手筈を整える事ができるかもしれません』

ついに、そんな希望を抱ける時が来た。
ハイネは思わず胸が熱くなった。

『さぁ、そうと決まればしっかり調子を整えなければですよ!
そちらはもういい時間なのでは?』

「わっ、ほんまや。
それじゃあ、うちは寝るね。
おやすみ、カイヤ先生! うち、がんばる!」

『えぇ、おやすみなさい。ゆっくり休んでくださいね。
またいつでも連絡してください』

通信を終え、ハイネはベッドに横たわる。

(……そっか。もうすぐ帰れるかもしれんのか)

まだまだ先だと思い込んでいたが、ようやく旅路の先に光が差した気分だ。
故郷へ帰ったら何をしようか。
魔法学校の先生や友達が恋しい。久々にオアシスへ帰るのもいいかもしれない。

こんなにも美しい未来の世界に来ているというのに、思い出すとやはり自分の世界が恋しいのが不思議だ。

懐かしい面々に思いを馳せながら、ハイネは深い眠りに落ちた。



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