ハイネが見てきた『キルフ街』。

穏やかな気候、行き届いた整備、素晴らしい景観。
それは正に絵に描いたような理想の街だった。
美しい近未来都市、ここに住む人はさぞ幸せだろう。

だが何故か、ハイネは「ここに住みたい」と思えなかった。


その実、何処かの誰かに完璧に整えられた箱庭だ。
それが一体誰なのかはわからない。
そして、こんなにも幸せな楽園が代償もなしに存在しているとは思えない。
世界を渡り、多くの「表」と「裏」を見てきたハイネは、その違和感を無視できなかった。


「もしかしたら、この世界はうちが思うよりずっとずっとすごくて、誰も苦しまない世界を本当に実現したのかもしれない。
でも、どうやって?
それがわからんと、手放しに『最高』って言えない。
……言葉にするのムズいんやけど、そんな感じかなぁ……」

「なるほど」

そう短く相槌を打つアイレスの表情を伺うと、何故か彼はニンマリと不敵に笑っていた。

(カイヤ先生が「してやったり」って思った時の顔と同じや)

ハイネの苦笑いに気付いたのか、アイレスはコホンと咳払いしてから真面目な顔に戻る。

「俺はまだ貴女を心の底から信用したわけじゃない。
だから全ては話せませんが、少しだけ教えてあげます。
……仰る通り、この世界はとある犠牲の上に成り立っている。
俺はそれを否定するために生きているんです」

「否定?」

「キルフ街に限らず、この世界のほとんどの人はこの恒久の平和を愛し、享受している。
人は幸せに浸っている時、わざわざ不幸になるような追求などしないものです。
ですが、俺はこの幸せを壊そうとしている存在。
だからこうして、人里から外れた場所に自らの居場所を作って籠城しているんです」

「……こう聞くのも何やけど、アイレスくんは幸せじゃないってこと?」

「生温い管理社会で右に倣えと生きる事が幸せというのなら、俺は世界一の不幸者でしょうね」

彼はそう言って自嘲気味に鼻で笑う。

「それで、結局どうなん?
うちはアイレスくんが探していた旅人?」

「そう言い切るにはまだ早いですが、少し検討しても良さそうです。
俺の協力者として働いてもらう事を」

また随分と偉そうな態度である。
正直ハイネの額には青筋が浮かんだところだが、彼に呼ばれてやってきた以上は彼と共に行動する方がいいだろう。
わかった、と頷くと、アイレスは少しだけ口元を緩め、そしてまたもや咳払いで誤魔化す。

「まぁ、俺も他人に借りは作りたくないので。
ハイネさん、貴女が俺に協力するなら、俺も貴女の望みを1つだけ叶えて差し上げます。
それでフェアという事で」

「うちの望み?」

「何でもいいですよ。この世界の文明レベルで実現できる事なら。
俺はそれくらい本気ですので」

うーん、とハイネは腕を組んで唸る。
この世界で成し遂げたい事とは、一体なんだろう。

「……一晩考えて来てもいい?」

「えぇ、どうぞ。1つだけですからね。じっくり考えてください」


そろそろ日暮れだ。
ハイネはアイレスの小屋を出てキルフ街へ向かった。



新しい世界での最初の一夜が始まる。



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