ハイネが目覚めた薄暗い小屋のような建物は、アイレスが何年か前に私財で建てた研究所だそうだ。
普段はアイレスが一人で篭っており、彼の生存確認がてらケイトが時折訪ねているという。
彼らの本来の拠点は首都ウェナンの大きな研究所らしいが、アイレスは頑なにそこへ近付こうとしない。
気さくなケイトですら肩を竦めてしまうほど、アイレスは少々尖った性質の持ち主のようだ。

「ただいま、アイレス。
なんとお土産がありま~す。
冷蔵庫入れとくから小腹が空いたら食べるといい」

「……なんですか、それ。別にいりませんよ」

「僕じゃないよ。ハイネ君の提案だ。
無下にするのはよろしくないぞ」

「ふん……」

予想通りの反応ではあったが、とりあえずは受け入れてくれたようだ。



少し時間を置いて落ち着いたのか、アイレスは冷静さを取り戻していた。

「それで、ハイネさん。
クライン・レーゲンからはなんと?」

「なんと?……って言われてもなぁ。
うちにここの世界の座標と、アイレスくんの名前を教えてくれた。それだけ。
……逆に聞くけど、そっちは“うち”の事どこまで知っとるん?」

「“旅人”でしょう。
世界を渡れる特別な力を持った存在。
世界を渡る目的までは俺も知りませんけど、俺はそういった“旅人”を何度も迎えた事があります」

「そして同じ数だけ追い出してきた。……でしょ?」

ケイトが横からそう口を挟むと、アイレスはバツが悪そうに口元を歪める。

「それは……俺が探している人間じゃないからです」

「アイレスくんが探している人間って?」

「『見届けてくれる人』です」

ハイネの頭上に疑問符が浮かぶ。
やれやれ、とケイトは立ち上がった。

「始まった。僕はこの話を聞くのが苦手でね。
すまないけど席を外させてもらう。
あぁそうだ、ハイネ君。今夜の宿はキルフ街の宿屋を使うといい。
さすがにこの小屋にアイレスと缶詰は道徳的にアレだろう?
この宿は僕の行きつけでね。
ほら、このカードを持っていくといい。僕のコネの証だ。
裏面に地図が書いてある」

「お、おおきに……」

「それじゃあ、また後日。
アイレスみたいな『絶食系』に限って変な気は起こさないと信じてるけど、何かあったら僕に言うんだぞ、ハイネ君。
代わりにぶん殴ってあげるからね!」

「あぁもう、さっさとお引き取りくださいよ!」

じゃあね、とヒラヒラ手を振ってケイトは退散していった。
そして薄暗い部屋にアイレスとハイネ。二人の微妙な空気が流れる。

「あのケイトさんが嫌がる話って……うちまで怖くなってくんねんけど」

「……叔父さんに連れられてキルフ街を見てきたようですが、どう思いましたか?」

突然そう問われ、ハイネは更に首を傾げる。

「うーん、なんか皆幸せそうだし、えぇ街なんちゃうか?
うちは……少し引っ掛かったのが正直なとこかなぁ」

「引っ掛かった?」

初めて興味を示したようにアイレスはハイネの話に触れる。

「どこがどう引っ掛かりましたか?
それは貴女のこれまでの価値観とのすり合わせから?
貴女が感じたキルフ街について詳しく聞かせてください」

「~~もう!! アイレスくんさぁ!!
聞くなら一度に一個にしてや!!
そんな畳みかけられても困るわ!!」

「……すみません。
俺はあまり気長な人間じゃないんです」

「そういう問題……?」

しかし、せっかくこのアイレスが食いついてきたのだ。
ハイネは真面目に答えてやろうと椅子に座り直した。



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