一方、ヒューランはすっかり疲れ切った顔で、宿の前に座り込んで夜空を眺めていた。
これが一国の王かと疑いたくなるような呆け顔である。

「……なんだね、ヒューラン!
しっかりしないか!」

後ろから顔を出したアメリに叱咤され、ヒューランは慌てて曲がっていた姿勢を戻す。

「まだ起きてたのか。もう遅いぞ」

「それは君も同じだろう。まったく、さっきの勇ましい顔つきは何だったのかね!」

しかしアメリにはヒューランの曇り顔の理由がよくわかっている。

「……あんな風に虚勢など張って。
いいのか? ハイネはもう去ってしまうのだぞ?」

「それがどうしたって言うんだ」

「言わなくていいのか、という話だ馬鹿者!
君はハイネに惚れているのだろう?!」

「――なっ」

目に見えてヒューランが赤面する。
その顔を見ると、アメリは浮かべる表情に困ってしまった。

「……やはりそうなのだな。
なのに君は、父上に私との婚姻を押し付けられて……」

「それは、この上ない幸運だろう。
あの大国の姫であるお前を嫁にくれるというんだ。
これ以上何を望む?」

「本音では、ハイネと結ばれたいのだろう?」

珊瑚色の視線が泳ぐ。

「……俺は国王だ。こんな気持ち、赦されるはずがない。
それに、あのハイネは本来この世界にはいないはずの人間。
俺には手が届かない、ずっと遠い存在さ。
それでいい。これだけ遠ければ、諦めもつく」

「本当にそれでいいのか?
今ならまだ手が届く。君の声で、熱で、伝える事ができるのに、君はそうしないのか?
もう二度と、会えなくなってしまうかもしれないのに」

ぐ、とヒューランは歯を食いしばる。

「やめてくれ……。もう決めたんだ。揺らがせないでくれ。
俺はあいつの足を止めたくない。あいつなりの旅を突き進んでいって欲しい。
まだ十四で、たった一人で孤独に旅をしているんだ。
あいつが安心できる故郷に、帰してやりたいんだ……」

そうか、とアメリは呟く。

「君がそこまで頑ななら、私が何を言っても仕方がない。
私ではきっと、君を動かせるような存在にはなれないのだろう。
……何とも皮肉なものだな……」

「……アメリ?」

いつも溌溂としていた横顔は陰っている。

「だが覚えておいてほしい。
君のやり場のない想いをこれから横で見続けるのは私なのだ。
その意味を、見つけておいてくれ」

立ち去る後ろ姿。
――今のヒューランにはまだ、アメリの言葉を理解できないのだった。




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