ハイネは無意識のうちに懐中時計をかざしていた。
邪なる者に、である。
彼女の意思とは違う何かが、彼女にその動作を強いている。
「どうした、ハイネ?!」
「うちにもわからん!
なんか、体が勝手に!!」
慌てて仲間達が走り寄ってくる。
邪なる者の視線がこちらに向き、ヒューランがハイネを庇うように剣を構える。
「何が起きてる?
立ち止まっていては危険だ」
「あれ、なんかその時計……」
シエテが何かを目で追っている。
彼には何かが見えている。
邪なる者はピタリと立ち止まり、じっとこちらを見ている。
真っ黒な体毛が、一瞬青く光った。
「シエテ、何が見えてるんだ」
「え、見えないの?
その時計、アイツの魔力吸ってる」
目を凝らすと、うっすらと青い霧がこちらへと向かってきていた。
取り込まれている先は懐中時計だ。
『受け止めてあげる』
確かにそう聞こえた。
その声の持ち主は、決まっている。
「クレイズ、先生……?」
邪なる者の耳がピクリと立つ。
一歩、二歩、と踏み出してきた。
『オト……サ……
ケテ……タス……イヨ……』
思わず後ずさりしたくなるが、懐中時計の見えない力がそれを許さない。
ヒューランがハイネを抱えて退避しようと手を伸ばすが、小柄な少女とは思えない強い力で地面に体が固定されていた。
「く、来るぞ……!
おい……!」
『オトウ……サン』
少女の声がする。
幼く、小さな、少女の声。
それに応えるように言葉が紡がれる。
『大丈夫、僕はここだ。
おいで。一緒に行こう。もう離れたりしないよ』
瞬きの刹那、ハイネの目の前に後ろ姿が現れた。
うっすらと浮かぶ長身の背中。
その人物は、恐る恐る近づいてくる邪なる者にゆっくりと両手を広げる。
ハイネに吐息が触れるほど近づいてきた邪なる者だが、禍々しい牙で食らいついてくる様子はない。
おぼろげな青年の輪郭が、邪なる者の鼻先を抱きしめた。
『ほら、いい子だ。もう大丈夫。
一人でよく頑張ったね。――カイヤ』
ガラスがひび割れるような音。
その劈くような響きに思わず目を閉じ肩を竦めるハイネ。
本能に従った動きと共に、懐中時計の束縛から解かれた。
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