その邪なる者は、猛り狂う戦車のようだった。
長い四肢で周りのものを全て薙ぎ払い、鱗に覆われた体は壁をいともたやすく粉砕してしまう。
それは地下の空間だけで収まる力ではなかった。
天井を躊躇いなく突き破り、高く高く跳ぶ。
ハイネ達は慌ててその後を追いかけた。
――のんびりとその姿を見送るレムリアを横目に。



「カイヤ先生! カイヤ先生!
お願いや、思い出して!!
先生はそんなのになったらあかんよ!!」

力の限りそう叫ぶが、見境なく建物を破壊し、逃げ惑う人々に牙を向ける。
鋭いツメが、駆ける大地に呪いを残す。

邪なる者を全速力で追いかけ、何とか足止めしようと仲間達は武器を振るう。
まだ不完全なのか、宝剣しか受け付けないはずの皮膚に多少なり傷が刻まれた。

「まだだ。まだ大丈夫。戻れる。
戻れるよ、先生。大丈夫。大丈夫だから……!」

破壊のために突き進む巨体は、行動に反して泣き叫んでいるようにも見えた。
まるで幼子のように。
魔力の雫が真っ赤な瞳から溢れていた。

(カイヤ先生、泣いてる)

恩師の涙など見た事がない。
でも昔から時々、徹夜明けの朝に目を腫らした彼女を見た事がある。
ハイネから見ればカイヤは立派な大人だが、その心に隠している部分までは見透かせない。
そしてハイネには、その気持ちがよくわかってしまう。

目の奥がじわ、と熱を帯びた。

「寂しいよね。わかるよ、カイヤ先生。
うちも寂しい。ずっと寂しかった。
何年経ったって、また会いたいよ……――」

思わず懐中時計をぐっと握りしめるハイネ。
その手のひらが、トクンと一つ脈打った。



『受け止めてあげるよ、僕が』

穏やかな青年の声が響く。



-300-


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