アクイラ家とオリゾンテ家に、第一子が生まれた。
アメリと名付けられたその子は、いつかは碧の国を統括する女王になるかもしれない存在だった。
しかし、その後に第二子として男児が生まれた。グランだ。
アクイラ家もオリゾンテ家も、男系の血筋だ。
ジストが女王となったのも特例中の特例であり、城勤めの古参達は尚も男子の統治を望んだ。
ジストへの風当たりは相当なものだったのだろう。
それこそ、“同じ思いをさせたくない”と、次代の王位は男子であるグランへ渡そうと判断したくらいには。
アメリは、いつか女王になるかもしれないと、相応の教育を受けた。
だがそれはグランが生まれるまでの話。
男子が生まれた事で、アメリの王位継承の順位は下がった。
その途端に、凛々しい王としての教育から他国へ嫁ぐための花嫁修業へと変わった。
とはいえ、奥ゆかしい理想の女性像を形成するには、少し遅すぎた。
グランは次期王として、アクイラ家とオリゾンテ家双方の、王としての学を授けられている。
その中には、アクイラ家伝統である『風送りの儀』も含んでいる。
幼いアメリは、その理不尽な待遇が納得いかなかった。
まだ覚束ない足取りの幼児である弟に嫉妬した事もある。
そんな彼女のやり場のない不満を満たしてくれたのが、レムリアだったのだ。
彼は博識だった。
この世界にそぐわない知識の持ち主だった。
本来はアクイラ家直系以外が知るはずもない『風送りの儀』のやり方さえも教えてくれた。
曰く、長年アクイラ家を見てきたが故に覚えてしまった、と。
非公式とはいえ、アクイラ家の者として由緒正しい儀式を学べた事は、アメリにとっては幸運だった。
王女としての誇りを胸に、弟を守り、いつか訪れる政略結婚の運命も受け入れると誓えた。
「……そんなレムが、無慈悲に罪のない人々を苦しめる実験をしているなんて……
信じたくないというのが正直なところだ。
だが、私にそう思わせる事さえも、彼にとっては手段の一つでしかないのかもしれないな」
ふっ、と遣る瀬無さそうに笑うアメリの顔。
彼女がヒスイ達を弔うために歌ったあの詩は、彼女なりの敬意だったのかもしれない。
「……あのレムリアさんの事やけど。
詳しくは聞けてないんやけど、あの人もうちと同じように“別の世界から来た”って。
ミストルテイン城にかかっていた幻惑魔法も、この世界の科学の死角を突いたものだったみたい。
アメリは、レムリアさんがどこから来た人なのか……それっぽい話は聞いたことある?」
「いや、まったく。
だが言われてみれば、もはやこの世界より発展した世界から訪れたとしか思えないほど、彼はあらゆる事を知っている。
一つ、私が好きだった話があってな、聞いてくれ」
むかしむかし、あるところに、空を飛びたいと願った男の子がいました。
名前はケイトといいます。
小さな頃から、空想するのが大好きな子でした。
彼はいつも、こんな事を考えていました。
「どうして人には翼がないのだろう。
翼があれば、どんなところへも自由に羽ばたいていけるのに」
ケイトには、お兄さんがいました。
オズという名前の、双子のお兄さんです。
ケイトはお兄さんが大好きでした。
でも、ケイトは体が弱くて、いつも寝込んでいました。
オズ兄さんはそんなケイトを可哀想に思って、遠い街まで働きに出て、薬を買うお金を稼いでいました。
オズ兄さんが一度街まで働きに出ると、何日も帰ってきません。
寂しがりのケイトは、翼があればすぐにオズ兄さんに会いに行けるのに、と思っていたのです。
やがてケイトは、オズ兄さんが買ってくれた薬で元気になりました。
元気になったケイトは、頭のいいオズ兄さんに追いつこうと、必死に勉強しました。
そして二人の兄弟は、一緒に同じ学校に入学する事ができ、たくさんの知識を学びました。
大人になったケイトは、子供の頃の夢を叶えました。
誰もが自由に飛んでいける、魔法のような箱舟を作ったのです。
それが、“飛空艇”の始まりです。
「ヒクウテイ?」
「あぁ。空を飛ぶ船だそうだ。
船に翼が生えたような……。
そしてそれに乗れば、空を飛べる。
我々が今こうしているようなまどろっこしい移動ではなく、最速で目的地へ向かえる。
初めて聞いた時は感動したものだよ!
人間が空を飛べるなんて、そこらの人々とは違う発想だろう?!
何処かで聞いた詩なのかもしれないが、いたく気に入ってね」
空を飛ぶ船――……
「見た事あるわ、うち」
え?!と一斉に視線を浴びる。
慌てて手を振り、取り繕う。
「あぁ、うちの世界にはまだないよ!
ないけど、一度だけ、見た事あってな。
小さい頃に、船が空を飛んでるのが遠くに見えて。
……あの一回しか、見た事ないけど」
「となると、やはりあのレムはかなり進んだ文明から訪れた男という可能性も……?」
「その飛空艇とやらが定刻通りに行き来するような未来出身だったりしてな」
「ホァ~!! ムズカシくてワカリマせんケド、とーってもおもしろそうですネ!!」
冗談のようなヒューランの言葉だが、ハイネはヒヤリと嫌な汗を覚える。
(……あり得るかもしれん)
あのレムリアが、ハイネはおろか師匠のカイヤさえもまだ至っていないような、画期的な未来の出身だとしたら。
――そう簡単に降参するような男ではないだろう。
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