船に乗っているという愛弟子からの他愛ない通信で、元世界のカイヤは絶句させられていた。
『もしもし? カイヤ先生? 聞こえとる?』
「あ、あぁ、はい。大丈夫です、聞いてます」
『……可愛い教え子の話で居眠りしてたんとちゃうよね?』
「し、失敬な!」
その証拠とばかりに、淹れたてのコーヒーを口にする。
「いえ、驚いたんですよ。その飛空艇の話。
ハイネさん、見た事あるんでしたっけ?
“私達”が乗っていた“アレ”を」
『うん。遠くからだったから、なんか飛んでるな~くらいしかわからんかったけど。
鳥でもドラゴンでもなさそうやったし、あれ何やろ思ってて。
やっぱあれ、ヒメサマ達と乗ってたやつなの?』
「そうです。
設計図は、いわゆる“未来”のような世界から持ち帰ったものを、私を含めいろんな学者が知恵を絞って“現代版”に落とし込んだものでした。
その世界では、設計図はあっても材料がなくて、作れなかったそうで。
私達の世界は幸いにも自然豊かですから、材料が揃えられたんです」
『す、すごーい!!
それじゃあ、今もどこかにそれが?』
「いいえ。壊しました。盛大に。跡形もなく」
『えぇ~?!』
たった1隻の、革新的な移動手段。
だがこの世界にはまだ早い技術だと、満場一致だった。
いつか正しい歴史の流れのもとで再び誕生する事を願い、旅の終わりに全てを灰にした。
「あの発明は、今の私達の手に余る。
行き過ぎた科学は世界を滅ぼすのです。
そうなる前に、全部燃やしてしまいました。
私だって、正直なところすごく惜しかったですよ。
私が『学者』として初めて関われた案件でもありましたので。
でも、そんな可愛い作品がせっかくの平穏を乱す事になったら、絶対後悔するってわかってましたから」
そんな未来的な発明である飛空艇が話題に上がった事はもちろんだが、ハイネが語った御伽噺のような内容にもっと驚かされた。
「その“オズ兄さん”っていう人。恐らく博士の事です。
隣の部屋で熟睡しているあの人の」
『へ?!』
「オズ――“オズ・フィンスターニス”という名前は、博士の本名です。
クレイズ・レーゲンは、私の実父から借りた名前なんですよ。
それで、ケイトという人物は、恐らくは博士の弟さんご本人です。
私達が持ち帰った飛空艇の設計図を書いたのは、ケイトという名前の学者でした」
『……並行人格でも、名前違う事あるんや』
「これは、私の推測ですけれど。
“並行世界”には大きな分流があるんだと思います。
似たような世界でも、属する科が違うとでもいいますか。
今のハイネさんや私がいるような世界は、恐らくは同じ始祖から成り立っている。
博士の本当の故郷や、そっちのいかがわしいレムリアさんが以前いた世界は、また別の始祖から。
一体いくつあるのかはさすがにわかりませんけど、“名前が違う”というのは一つの指標になるかもしれませんね」
ほえー、と気の抜けた返事に喝を入れるべく、咳払いを一つ。
「昨夜の通信を傍らで聞いていたなら、覚えているでしょうけど。
博士が書いた本の“完全版”が欲しいんです。
もしかしたら、博士の出身世界と似たような世界でなら、コレの完全版が手に入るかもしれません。
恐らくは別の世界の博士も、同じような論文を書いているはず。
そのオリジナルを見つける事ができれば……」
『……解毒薬を作れるかもしれんってこと?!』
はい、とカイヤは微笑む。
『わかった。
じゃあこっちのおかしなレムリアさんをちょっとシバいて、どっから来たか吐かせてみるわ!
座標がわかれば、そこを狙って飛んでいけるもんな!』
「はは。逞しくなりましたね、ハイネさんったら。
でも……ありがとうございます。
少しずつ希望が見えてきました。
本当は、博士を助けたいだなんて、私の個人的なワガママに付き合わせるなんて、と思ったんですが……」
『ううん! いいの!
うちもな、そっちのクレイズ先生と会いたい!
だから絶対助ける!
待っててな、カイヤ先生』
思わずホロリと涙腺が緩みそうになったが、少し神妙な声がカイヤの意識を捕まえる。
『実は、こっちのカイヤ先生、今どこにいるかわからんくて。
アンリ先生に探してほしいって言われて、追っかけてるとこ。
ねぇカイヤ先生。怒らないで聞いてほしいんやけど。
もし、もしだよ。
自分のお父さんが邪なる者にされちゃって、その原因がダインスレフにあるって知ったら、……どうしたい?』
「そりゃもう、ブッ潰しに行きますよ」
『だよね』
聞くまでもなかった、とハイネの苦笑いが目に浮かぶようだ。
「……真面目な話、もしそういう状況なら、私は“一人で”向かうと思います。
私の意地が、誰にも頼らない事を秒で決めるでしょう。
そして後先考えずに正面から喧嘩を売って……
後はお察しですね」
『いやにリアルやけど心当たりあるん?』
「まぁそれなりには……」
決まりが悪そうに語尾が萎む。
「とにかく。
恐らくそっちの私も、その通りでしょう。
自分の性格は自分がいちばんよく知ってます。
取り返しがつかなくなる前に、どうにか止めてください。物理的にでも。
……あぁ、情けないですね! 別の世界の自分の世話までさせるなんて!
不甲斐なさすぎて泣きそうです私」
『えぇよ、気にせんで。
本人に確認できてよかったわ。
……それじゃあ、もうすぐ着くから。行ってくるね』
「はい、気を付けて……」
プツ、と通信が切れる。
長々と溜息をついてから、カイヤは隣の部屋を覗く。
「これはもう、私達二人とも、一生ハイネさんに頭上がらないですね。
……ね、博士」
青白い頬を指でそっと撫でる。
もちろん何の反応もないが、微かに伝わってくる懐かしい温もりだけが、今のカイヤを支えていた。
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