通信を終えたハイネは、出発までの時間潰しにアンリの家を訪ねた。
この世界に来たばかりの頃に世話になったあの屋敷だ。
扉を叩けば、夫妻が笑顔で迎え入れてくれた。

「英雄の凱旋ですわ!
貴女のおかげでカレイドヴルフは無傷。
コーネル様も感謝していましたわよ」

「ご無事で何よりですよ、ハイネさん」

「へへ。おおきに。まぁでも、皆が助けてくれたからって感じで」

「んっんー!
胸を張りなさって?
貴女が機転を利かせなければ、わたくし達一家は今頃仲良く墓の中ですわ」

「えぇ、もう本当に。
マオリさんなんかパニックになってしまいましてね。
これが王都壊滅なんてしたら早まっていたに違いありません」

「んまっ!
いくらわたくしでもそんな早とちりなんて……」

モゴモゴと口ごもるマオリに、アンリは苦笑いである。


ふと、ハイネは前の世界を思い出す。
あの世界では救えなかった命が、目の前で笑顔を見せている。

(これでよかった、……のかな)

そう思って、自分を納得させるしかない。
気を取り直し、改めて夫妻を見据える。
その視線は自然とマオリが抱く幼子に流れる。

「アキくん、ちょっとおっきくなった?
トキちゃんはおるかな」

「いますわよ。
トキー!! ハイネさんがいらっしゃったわ!!
ご挨拶して!!」

ぱたぱたと階段を降りる小さな足音の後、幼いトキが顔を覗かせた。

「わあ、ハイネさん!
おかえりなさい」

「ただいま、トキちゃん!
そうそう、おにぎり美味しかったよ!
でもさすがのうちでもあの量は食わんよ~」

「本当ですか?
いつもごはんをおかわりしていたのでつい……」

――笑って誤魔化すしかない。

「もう出発です?
部屋なら空いてますが」

「今回は大丈夫。そろそろ“皆”と行くから」

「仲間がいるのですね。よかった。
道中、お気をつけて。
……と、見送りたいところなのですが」

こほん、と咳払い。
どうしたのかとアンリを見上げると、彼は困ったように腕を組む。

「少しだけ、お茶でも飲んでいきませんか。
立ち話も何なので」

何か言いたげである。
もちろん、とハイネは頷き、再び一家の家に足を踏み入れた。



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