『なーるほどな。
毒盛られてポックリってわけだ』
「不謹慎な。ちゃんと生きてますよ。意識はないですけど……」
『俺もなぁ、クーとの付き合いは長かったが……
おおまかな話はハイネの嬢ちゃんに聞いてるんだったか?』
「はい。そして恐らく、そちらの博士は魔力回路の暴走で我を失って……
こちらの博士は、魔力回路が壊れて意識を無くしてしまった。
現状、私が確信をもって言えるのはそこまでです」
『そういや、クーが出した本、知ってるか?』
「博士の……?
あっ!」
カイヤは慌てて本棚を漁りに行く。
引っ張り出したのはクレイズが筆者とされている1冊の本。
かつて旅をしていた時、緑の国のヘルギという街の本屋で見つけたものだ。
「ひょっとしてこれかな……。
“魔力回路の人為的手法の是非”」
『お、それだそれ。
お宅がクーの跡継ぎに相応しい超天才と見込んで聞くが、その本……
妙な違和感がなかったか?』
「違和感……」
この本は何度も読み返した事がある。
クレイズの魔力回路がおかしいと気付いた時も、もちろん読み返した。
そして抱いた感想が1つある。
「……この本、なんとなく歯抜けになってる気がしました。
一見、わからないんですけどね。
でもよくよく読み込んでみると、あるべきはずの文章が飛んでいるような……」
『ご名答。そりゃどっちの世界でも同じみたいだな。
こいつは俺がダインスレフで研究員をしていた頃にクーが書いた論文が元になってる。
だが、元々クーはこれを本にする気はなかったんだ』
「え、それじゃあ出版したのは……」
『レムリア・クルークって男だ』
しん、とその場が静まり返る。
『魔力回路を狂わせる薬。
増魔剤って言ってな。本来はクレイズが弟のクラインってやつと二人で発明したもんだ。
それそのものは別に何の害もない、魔力回路の動きが鈍い連中に処方した弱い薬だった。
だがその技術だけ取り上げたのはレム。
口封じにクーの弟は殺されて、クーはレムに利用されて増魔剤を作らされた。
そっちではどうか知らねぇけど、こっちは大体そんな感じだ』
レムリアによって奪われた“論文”。
彼にとって都合の悪い部分だけは消し去られた、不完全な代物。
そしてそれを大々的に出版する事で、クレイズは増魔剤の発明者であると世界中に認知させる。
クレイズは弟を殺された挙句、矢面に立たされる立場となってしまったのだ。
その事実に言い訳したかったのだろうか。
クレイズはずっと、増魔剤の効果を打ち消す新薬の研究を続けていた。
「そっか。だから、自分の本を燃やしてたんだ」
カイヤが子供の頃に無邪気に探し回っていた父の本。
クレイズはかつて、自分の名が載ったその本を見つけるたびに燃やしてしまっていた。
だからいつまで経ってもカイヤは見つける事ができていなかったのだ。
たまたまヘルギの街の片隅の本屋で生き残っていた“それ”が、今、手元にある。
『クーが作りたかった増魔剤の解毒薬は、増魔剤の仕組みを知ればわかるだろうよ。
俺の専門じゃねぇからな。これ以上の事はわからねぇ。
だがお宅ならできるんじゃねぇか?
今そこにあるクーの本が、“完全”な形になれば、な』
「……ありがとうございます。
これはすごい進展になりそうです。
……もう! こっちのグレンさん全然役に立たないんですもん!!」
「仕方ねぇだろ!
俺がダインスレフでお利口に学者ヅラしてたのはほんの数年もいいとこだぜ?
クーの本が出たのだって、俺が白の国で教師になった後だぞ」
『おいおい、そっちの俺はひょっとして家を捨てたのか?』
「お前こそあんな家継いだのかよ?!」
カイヤが席を譲ると、グレンが代わりに観測器の前に座る。
カイヤとしては至極面倒な男ではあるが、どちらのグレンが上回るのかに盾と矛の話を聞くような心情だ。
ニヤニヤと聞き耳を立てていたが、だんだんそれは笑えない空気へと変わっていく。
『そりゃお前、あんなクズの家だけどよ。
好いた女にはいい暮らしさせてやりたいだろ?』
「好いた女だって?」
『なんだよそっちの俺、結婚してねぇのか?
雪国の女はいいぞ!
他所の国の女にはない奥ゆかしさと包容力!
何より美人だ』
「……フォシルの事を言ってんのか?」
――フォシル?
カイヤはコーヒーを片手に首を傾げる。
そしてその名を口にしたグレンの声が、聞いた事もないほど冷たくて。
一瞬暑さを忘れたほどである。
『知ってんじゃねぇか。あのフォシルだよ、フォシル。
あいつは逃すなよ。間違いなく最高の女だ。
んまぁ~、たまには別の女に気を取られたりもすっけどよ、やっぱ最後はあいつのところに帰りたくなるんだよな』
「ふざけんなよテメェ」
沈黙。
コップの中の氷がカランと音を立てる。
「テメェおい、二度と他の女に現抜かすんじゃねぇぞ!!
死んででも守らねえと俺がブッ殺しに行くからな!!」
『あ? なんだよ急に……』
「子供はいんのか」
『……いや?
めんどくせぇし……』
「フォシルが望むなら、全部叶えろ。
フォシルの為に生きろ。
テメェはそれくらいの価値しかねぇ男なんだよ、クズ」
ガタ、と席を立ったグレン。
何も言わず、クレイズが眠っている部屋へと去ってしまった。
「……え、えと、すみません。
なんかこっちのグレンさん変で……。
貴重なお話ありがとうございました、そっちのグレンさん」
『そらまぁ、別にいいけどよ。
……なんか……俺も俺にいろいろ聞いちまったし。
ま、ほどほどに頑張れよ、クーの娘っ子』
「はい。ありがとうございます。
ハイネさんはいます?」
『い、いるよ~……。
なんかそっちのグレンさん……大丈夫なん……?』
「……すみません、積もる話もあるところなんですけど。
ちょっと様子見てくるので通信切りますね。
また連絡ください」
『おっけー。じゃあまたね、カイヤ先生!』
ぷつ、と通信が途絶える。
賑やかな声が消え、室内は波の音が微かに聞こえるほど、静かだ。
カイヤはグレンが去った扉に手をかける。
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