その日はカレイドヴルフ城で一晩を明かすことになった。
くたくたに疲れているはずなのに、ベッドに横たわっても眠れない。
城のベッドが柔らかすぎるのかもしれない。
気晴らしに中庭でも散歩しようと部屋を出る。
庭を横切る渡り廊下に差し掛かると、階段に座っている背を見つけた。
「ヒューラン?」
呼びかけられ、彼の頭がガバリと起こされた。
「“王様”が一人でこんなとこ。何しとんの?」
「……眠れなくてな」
「あは、うちと一緒」
ヒューランの隣にハイネは腰を下ろす。
「ヴィオル王のこと、殺さなかったんやってね」
「あぁ。……殺して終わりじゃ、やってる事が同じだからな。
俺がブランディアに帰るまで、ここで拘束してくれるとコーネル王が」
「まだ帰らんの?」
「……ダインスレフに、行きたいんだ」
え、とハイネは呆ける。
「邪なる者について、もっとよく調べたい。
もしダインスレフが何かの実験として人体を使っているというなら見過ごせないだろ?
前回は逃げ帰ってしまったが、次は真意を探り当てるまで意地でも食らいつくつもりだ」
「なんか、英雄っぽい!
ほんまに世界救っちゃいそうだね、ヒューラン」
「そんな大した人間じゃないさ」
しばらくハイネの顔を見つめてきた彼。
首を傾げると、彼は緩く笑う。
「お前、また俺の命を救っただろ。
馬から降りるなって、言ったのに」
「あ、あ~、あれ?
なんか咄嗟に体が動いてもうたんよ」
「結局何が俺を襲おうとしてたんだ?
ルベラ殿も言っていたが、確かにそこに誰かいたと」
「死神とかだったり?
ヒューランって、目を離すとすぐ死んじゃいそうなんやもん」
「……俺は、そんなに頼りないか……」
若干眉が八の字を描く彼を見て、あはは、と笑ってしまう。
ごほん、と取り繕うように咳払いしたヒューランは、気を取り直してハイネに対する。
「邪なる者についてももちろんだが、お前だってそろそろ次の世界に渡る方法が必要な頃だろう?
お前は俺を見届けてくれた。
なら、俺だってお前を見届けたい。送り出したいんだ」
「そ、……れは、嬉しいけど」
せっかく無事で済んだ命に、再び危機を抱かせてしまうかもしれない。
心から心配してそう言おうとしたが、彼は微笑んだままだ。
「理由なんて、単純だ。
もっとお前と一緒にいたいから。出来るだけ長く。
お前の話をたくさん聞いておきたい。
お前がこの世界を発ったら、もう二度と……会えないだろうしな。
今生の別れも同然だろ?」
「……そうだね」
ふ、とヒューランは笑みを漏らした。
「この場にヒスイがいたら、俺はまたからかわれたかもしれないな……」
「なんで?」
「それをお前が聞くのは野暮だぞ」
えぇ?、とハイネは困惑気味だ。
暗い時間でよかった、とヒューランは熱を持つ頬を隠すように顔を背ける。
「ハイネは、元の世界でのヒスイがどんな奴だったか知らないんだったか」
「うん。
おとんに弟いたのもつい最近知ったくらい。
うちの世界だと、ヒスイ兄ちゃんは子供の頃に死んじゃったんだって」
「なるほどな。そんなヒスイが生きた世界がここか。
じゃあ、もしも俺がお前の世界で生まれているなら、ヒスイを知らない俺なのか」
「うちの世界だと、赤の国で王子様が生まれたって5年くらい前に聞いたから、たぶんそれがヒューランなのかな。
うちのとこのブランディアは平和だから、きっとヒューランも幸せだと思うよ。
ティルバって人が女王だし、旦那さんとすっごく仲良しだって、青の国に住んでても噂が聞こえるくらい」
「両親と平和に生きる俺、ヒスイと歩んできた今の俺。
……俺は俺を不幸とは思ってない。幸せだと思う。
歴史に正解なんて、ないんだろうな。
それぞれの世界の各々が、その世界で掴める幸せを夢見てる」
ヒスイは、報われたのだろうか。
その疑問の答えは、本人しか知らない。
星空を見上げていた横顔に一筋の雫が流れ、彼は慌てて拭った。
「……あぁ、クソ、こんな……。
悪い。情けないところを見せてしまった。
これじゃあお前だって安心して旅立てないよな」
「ううん、いいよ。大丈夫。泣いていいよ。
誰かの死に泣ける王様は、いい王様だよ」
「……っ……、ヒスイ……」
箍が外れたように次々と地面に落ちては吸い込まれていく涙。
優しい背中を、ハイネはそっと撫でた。
そんな二人の姿を、柱の陰から窺う赤紫の瞳。
歩み寄ろうと踏み出した足を止め、“彼女”は踵を返した。
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