鞘に収まった宝剣ブランディア。
それを見つめる珊瑚の瞳。

「ヒューラン、その剣……」

「心配するな。
……もう、使わない。そう決めた。
こいつが身をもって見せてくれたんだ。
力の代償を」

ぐ、とハイネは唇を噛む。
涙がこぼれないように、必死で堪えた。
役目を終えた従者を見つめるヒューランの横顔は、あまりにも優しくて。

(やっぱり、男の子は泣いたりしないんやな……)

「なぁ、ハイネ。
……俺はこれからヴィオルの始末をつけに行く。
お前はどうする?」

「うち、は……」

少し悩んでから、頷く。

「見届ける。ちゃんとヒューランが生き抜ける世界になったのか、確認しなきゃ」

「ふ。そうきたか」

「でも、どうやって?
すっごい大軍だって噂しとるよ、皆」

「我が国の軍を使うといい」

やってきたのはアメリだ。
眠るヒスイに歩み寄り、静かに手を組む。

「……碧の軍を?」

「あぁ、そうだ。
何やらこの大男が事前にいろいろと準備をしていたようでな。
碧軍も怪我人は多く出たが、幸い死者はいない。
そしてあのアルマツィアから『癒し手』と呼ばれる治癒術士がタイミングよく訪れているのだ。
あと半刻ほどで全員の治療が完了するという。
……つまり、“万全の態勢の碧軍”全員を率いることができるぞ」

「でも、これはブランディアの問題で……」

「父上も母上も、君達には感謝している。
君達がいなければ、今頃碧の国の東も西も未曾有の被害を被っていただろうし、母上だって亡くなっていたかもしれない。
私からも協力したいと申し出ておいた。
……やれるか、ヒューラン?」

「やれる。必ず。今すぐにでも」

スッ、と彼は立ち上がった。
その瞳には確かに、炎が宿っている。
彼のそんな姿を見たアメリは、ふっ、と微笑んだ。

「まぁそう焦るな。
まずは、尊い犠牲の安息を祈ろう」

アメリは二、三歩下がると、静かに目を閉じ、そっと唇を開いた。



≪――我が声、我が祈りに応えよ、疾風の担い手よ。

今ここに、長き旅路を終えた魂在り。

誘え、遥か彼方の時空の先へ。

魂よ、去る姿に我らの憐憫を。

遠き果ての歴史の中、

再び交わる時を夢見て――≫





アメリの祈りの詩を聞いた周りの者たちが次々にこちらを向き、そして手を組んだ。
その美しい歌声に、イザナまでもが思わずそっと胸に手を当てる。
傍らのシエテは不思議そうな顔をしているが、その場の空気を興味深そうに見つめている。



(これ、『風送りの儀』だ)

ハイネは驚いた。
一度だけ、9歳の夏に見たことがあるのだ。

ミストルテイン国王直々に招かれたかと思えば、本来は国内だけの行事である風送りの儀に特別席を設けてくれた。
ハイネの父が散った王都ミストルテインで、彼の安らかな眠りを祈るべく、娘のハイネを呼んだという。
とても嬉しかったのを覚えている。
『ヒメサマ』が父を忘れずにいてくれたこと。
その死を共に悲しんでくれたこと。

ハイネがその時に会った『ヒメサマ』は、前よりも少しだけ、雰囲気が違ったけれど。



澄んだ風が周囲を取り巻く。
それぞれの人生を終えた三人の体を優しく包むように。
やがてキラキラと粒子が舞う。

祈りの詩を歌い上げるアメリの横顔も、どこか美しくて。



(遠き果ての歴史の中、再び交わる時……――)

もしかしてそれは、ハイネのこの長い旅の事を歌っているのではないか。
それに気付いた彼女は、青空を見上げて少しだけ微笑んだのだった。




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